映画『中国山地・牛と人風土記』制作への道のり
島根県邑南町や広島県北広島町など中国山地一帯は過疎化が進み限界集落が増えています。それにともなって各地で伝承されてきた地域の生活文化や精神文化が急激に消滅しています。中国山地各地には、昭和30年代まで「牛馬市」という競り市が開かれていました。特に邑南町では出羽・亀谷、阿須那など古くから大規模な牛馬市が開かれ、昭和の最盛期には中国地方各地から出羽牛馬市に八千頭以上の牛馬が、博労といわれる家畜商と一緒に集まり賑わっていました。その市では露天商や、サーカースなどの催しが出され、地元の農家や住民が牛馬宿を設えていた等という記憶が80歳代上の人に懐かしい思い出として残るだけとなっています。かつて牛は、農家の農耕作業の重労働を担ってくれるなくてはならない家族の一員だったからです。中国山地における牛と人との関わりは古く、中世のタタラ製鉄や久喜銀山の物資運搬にまで遡ります。一方、こうした牛耕文化は中国山地各地に牛馬の安全祈願する祭りや「花田植」という民俗芸能をも生み出した原動力でもありました。牛によってもたらされた豊かな生活文化のありようが見えにくくなった現在、風前の灯火となった伝承者の方々に向き合って映像記録をすることは緊急課題になっています。
2020年、瑞穂文化研究会が主催した牛馬市の研究家 中里亜夫氏(福岡教育大学名誉教授)の講演会を契機として、会員であるコミュニティパートナーズ代表の日高久志は、記録映画作家・青原さとしに牛馬市の映像記録を相談しましました。青原は民俗文化、基層文化の記録映画作品を手掛けて来た記録映画の監督です。広島市の生まれですが2018年より北広島町に移住し、花田植や地元の民俗文化の映像をコツコツ撮りためています。こうして牛馬市の映像記録が自主制作で始まったのです。
●これまでの撮影分
①花田植え(北広島町)
②邑南町の牛馬市
・品川始氏インタビュー(亀谷牛市伝承者)
・高橋良實氏インタビュー(出羽牛馬市伝承者)、他地元人インタビュー多数
・瑞穂文化研究会の調査風景、牛馬市の歴史資料
③島根県雲南市の八重山神社春祭り~神事~参拝風景とインタビュー、雲南市吉田町の参拝者がお札を牛舎へ
以上2022年まで自主制作で続けてきた雲南市、邑南町、北広島町等の取材をさらに続行し、他の市町村や他府県の牛馬市や博労ゆかりの地へ取材地を広げたく構想してます。
●今後の撮影予定 2023年9月~2024年6月
①各地の博労関係者や牛馬市を訪ねて
~雲南市、奥出雲町、他島根県内各地、広島県庄原市、三次市、安芸高田市、三原市久井町、神石高原町、北広島町、鳥取県大山町他各地、岡山県新見市他各地、大分県杵築市、福岡県宗像市など
➁北広島町飾り牛保存会による昔の牛耕や博労の再現
スケジュール
2023年7月 制作実行委員会の立ち上げ
2023年12月 クラウドファンディング開始
2023年12月~2024年6月 撮影
2024年2月 クラウドファンディング終了
リターン品 発送
2024年6月 編集作業開始
2024年10月 映画完成
資金の使い道
集めた支援金は映画『中国山地・牛と人風土記』の撮影および編集仕上げ費に充てる
準備費(広報等):約100,000円
撮影費(交通費、宿泊費、取材経費、人件費等):約1,100,000円
編集仕上げ費:約1,200,000円
リターン準備費用:300,000円
手数料 :約300,000円
自己紹介
企画制作
瑞穂文化研究会:一般社団法人コミュニティパートナーズ代表理事・日高久志(本映画プロデューサー)
島根県邑南町で活動する一般社団法人コミュニティパートナーズです。瑞穂文化研究会として地域の歴史や文化の保存と伝承、自然の保護等を中心に活動すると共に、瑞穂アジア塾とも連携してアジア地域の民衆レベルの支援・交流を行っています。農山村ならではの体験、地元産の材料にこだわった味の伝承、地域の魅力を発見する自然観察会の主催、地域人材や社会資源を活かした国際協力活動を行っています。2022年には島根県環境保全活動に対する県知事感謝状を授与しました。
監督・青原さとし
広島市生まれ。ドキュメンタリー映像作家。東京で 宮本常一の流れを汲む民族文化映像研究所に勤め、2003 年に『土徳 〜焼跡地に生かされて』を自主制作。広島に拠点を移し、地域の民俗 映像記録を続々制作。『藝州かやぶ き紀行』(2007)『時を鋳込む』『タケヤネの里』 (2011)、『土徳流離~奥州相馬復興への悲願』『誰もそなたもご苦労様よ』(2015)『あさがお灯籠』(2021)など多数。2005 年から 2015 年までは ヒロシマ平和映画祭実行委代表を務め、2018 年から北広島町大朝でお寺の住職を勤めながら、地域の映像記録を種々進めている。
リターンについて
支援者全員の希望者のみに映画のエンドロールに支援者のお名前を表記します。他金額に応じて映画で取材する関連の邑南町、北広島町の土産物や食事券、郷土文化の紹介冊子およびコミュニティパートナーズの関係団体である瑞穂アジア塾が取り扱っているフェアトレードの物産品など様々に取りそろえています。映画完成後には支援者に返礼品と映画完成報告書をお送りします。なお返礼品として映画完成後の公開試写会や上映会などの入場券については、このたびは設けてません。現時点で映画への反響や公開規模、期間などが想定できないため、完成した頃に上映会のためのクラウドファウンディングを改めて計画する予定です。
最後に
本作の予告動画にあたる「経過報告」をご覧ください。牛馬市の記憶伝承者のお二人のインタビューがあります。高橋良實氏(102歳)は牛馬市の憧憬と牛への深い愛情に満ち溢れた話を、品川始氏は在りし日の亀谷牛馬市の思い出を語って下さいました。しかし大変残念ながら高橋氏は今年の5月に、品川氏は今年の10月にこの映画の完成を見ずしてご逝去されました。謹んでお悔やみ申し上げます。両氏の思いを世に広く伝えるためにもぜひご協力お願いいたします。
最新の活動報告
もっと見る出羽牛市の「宿帳」から
2024/03/13 17:00大正時代の牛市には備中、備後の比婆や神石、双三郡や安芸では安芸郡、佐伯郡、山県郡から、もちろん出雲や石見西部に山口県からも博労たちが牛を連れて集まっていた。道路事情といえば往還を徒歩で運んだと思われる。 トラックなどの輸送手段は全くなかった訳だから、何日もかけて牛の売買に集まっていた。 大勢の人が集まることで、出羽の町並みにはいろいろな小売りや露天の店も遠方から来ていたことが宿帳を見ると分かり、そのエネルギーに驚くほかない。甲奴郡上下町は遠い・・・愛媛県伊予郡伊予村から来ている出羽市は西日本に買われていた~長崎県から来ていた広島県安佐郡や山県郡の博労名を見る もっと見る
牛追いの道を訪ねる~北広島町岩戸にて
2024/03/04 21:23北広島町岩戸(岩戸村平田)に生まれた故隅井竹一先生(1923~2019年)は、学校長を退職後の昭和60年(1985年)に「絵で見る 昭和初年代の 農村のくらし」という画集を残されている。そこに『牛市』と題した1頁があり「秋に入って牛市が立つ。峠を一つ越えて島根県側の田所村の亀谷市や出羽村出羽市は大きな市だった。二、三日前後は毎日延々と牛の行列が続いた。・・・」とあり、博労たちが売買する牛たちは追い子に追わせて、それぞれのところを往復した。1人の追い子は3~4頭の牛を追っていて、牡牛は竹竿に繋がれ背中にえびす菰を飾った様子が分かる。この県境のしずく峠を越えた博労たちが宿泊した出羽市の「牛宿帳」には、広島県の安佐郡久地村、鈴張村、山県郡戸河内村、加計町、安野村、本地村、八重村、壬生村等々の博労の名前を見ることができる。 陰陽をつないだ石州街道(岩戸)を追われていた!しずく峠を越えると田所村奥亀谷になる隅井竹一先生の甥 横路さんから話しを聞く青原監督 もっと見る
飾り牛の調教と馬喰ばなし・・・
2024/03/04 08:50雪のひな祭り~3月3日日曜日、安芸高田市で家畜商と和牛の繁殖と育成を手がける杉原牧場を取材しました。杉原洋さんは、2月3日(土)に北広島町千代田地域づくりセンターで開催した『豊松歳事記』上映会&トークショーに参加していただいた1人で、意見交換では若い頃から博労であることや花田植の飾り牛を出場させていることを語ってもらったことから、連絡を続けて本日の訪問取材と成りました。映画制作の中では、牛耕の様子を撮影したいという青原監督の思いがあり、牛と人が一心同体で行う作業である牛耕の手順や花田植の調教のことを聞かせてもらいました。花田植で10数頭の飾り牛が田んぼに入るポイントは、すべての牛と人が行列をなして動くことが華麗に見えるとのことでした。日暮れになり2時間の取材を終え帰り際、零下の冷え込みのなかでも夕方の牛飼い作業に戻るご夫婦の姿がありました。牛の守護神大仙神社のお札と牛靴えびす菰の説明をする杉原さん もっと見る
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