早いもので、2年の歳月が経ちました…。 今でも目を閉じると、あの日のことが鮮明によみがえってきます。 - 2011年9月1日 - 私の父は、この世を去りました。 父の死をきっかけに「死と生」について考えるようになり、取り組み始めた「月と猫」。 今回は、そんなきっかけを作ってくれた父との思い出をお話ししたいと思います。 まず、私は右耳がほとんど聞こえません。 18才の頃、原因不明の突然のめまいに襲われ、右突発性難聴を患ってしまったからです。 突然の病にかかり、1ヶ月の入院生活を強いられた私のことを、父はどれほど心配したでしょう…。 父は私に「退院したら何がしたい?」と聞き、「自分の身長くらいある大きな絵を描きたい」と答えると、特注でS100号の大きなパネルを買ってくれました。 苦しい生活の中、自営の父にとって、このパネルは高額だったと思います。 しかし、退院後、絵の制作はなかなか思うように進まず、次第にその絵から気持ちは離れていきました。 描きかけのまま放置され、半年ほどたったある日、泥酔して帰宅した父に、こう怒鳴られてしまいました。 「お前はせっかく買ってやったパネルを、どうして完成させないんだ!!」と。 私は、苦し紛れに「酔っぱらってる人に何て言われても、心に入って来ん!!」と言い返してしまい、その一件から父と距離を置くようになってしまったのです…。 あれから私は上京し、父がこの世を去るまで、心の距離は開いたままでした。 しかし今は、近くで父が見守っていてくれる気がします。 父がいない今だからこそ、強く存在を感じるのです。 思い返せば、父はいつも私の絵の活動を楽しみにしてくれ、協力してくれました。 学費が高いと評判の高校の美術科に入ると言った時も、地元の公募展で県知事賞を受賞した時も、デザイン事務所に入った時も、そして、絵の活動のために上京すると言った時も、父だけは賛成して喜んでくれました。 私がこうして「月と猫」の出版に向けてがんばれるのも、父のおかげなのです。 そして、私は今、父が買ってくれた、あの大きなパネルの制作に取りかかっています。 描き上げる時が、ついにやってきたと感じています。 父と作り上げるこの絵を、母に、姉に、パートナーに、そして、世界中のいろんな方に見てもらいたい…。 そして、「月と猫」を出版し、父に見てほしい。 こんな風に、描くことが楽しい日々が来るなんて、以前の私からは想像がつきませんでした。 描くことが楽しく、描くことが私の人生。 そんな気持ちにさせてくれた父に、心から感謝です。




