2024/02/09 18:38

刺繍村へ行こう。

まずは、日本から1万㎞以上離れたフェズ刺繍村へ、動画で4分の旅。村の女性たちの顔は公に見せられませんが、案内してくれたジャミラさんにお話も伺いました:


希望組合

モロッコ王国北部フェズ・メクネス地方の農村部に位置するカルメト・ベン・サレム村。ここには2009年から2013年ごろにかけて男女合わせて4名の日本人のボランティア(海外協力隊員)が次々に派遣されました。彼らは、村の伝統民芸であるフェズ刺繍を行う女性たちの生計向上支援を目的に、制作販売組合(アソシエーション)としての組織化や、刺繍作品の質向上指導、商品開発などの支援活動を展開しました。そうして立ち上がった女性組合の名前はAl Amal(アル・アマル)、「希望」です。

「昔はモロッコの多くの家庭で、フェズ刺繍を施した寝具カバーやクッションカバーなどが使われていましたが、近年は機械による刺繍やプリント柄布地の普及もあり、制作に技と時間を要し高価になりがちな民芸フェズ刺繡作品への需要は減っています。」自身も幼い頃からフェズ刺繍を学び、長年この組合のサポートを続けているジャミラさん(日本在住経験もある親日家)は、こう話します。

日本人ボランティア達は、表と裏に同じ模様が現れる(要するに裏表がない)フェズ刺繍の特徴を生かし、且つより価格的に手頃な小型の商品の開発を支援しました。その結果生まれたのが、今回当プロジェクトのリターンとして提供させて頂いているコースターや栞です。モロッコには他にも民芸刺繍品は多くありますが、これらアイテムはこの組合独自のものと言えるでしょう(お土産屋さんでは売っておらず、現在のところ組合のオンラインショップもウェブサイトもありません)。

モチーフ「サハラの花」村にボランティアがいて販売促進活動も盛んであった最盛期には40〜60人程度の女性が刺繍に従事していたそうですが、現在ではコアメンバーは約15人(注文が多い時には20名くらいまで動員)。まとまったマニュアルがあるわけでもなく、モチーフの記憶や刺繍の技は、代々女性たちが制作を続けることによって彼女らの手先と頭の中に受け継がれてきたものです。動画でも御覧頂ける通り、彼女らの刺繍作業では、まっさらな布地にガイドラインも下絵もなく、ほぼ感覚で正確な幾何学文様を刺してゆきます。モチーフは、鳥や花や星などの自然、そして女性たちが人生の殆どを過ごす家の中のエレメント。作品への需要が減り、刺繍に従事する人数が減れば、忘れられてゆく伝統パターンやステッチもあるだろうと、ジャミラさんは憂いています。

この組合の女性たちの多くは、教育を受けていたとしても小学校卒業程度、また文盲の人もいます。10代で結婚し子供を産むのが当たり前の田舎のコミュニティで、現在一番若い組合メンバーは30代で既に孫がいるおばあちゃんだそうです。いわゆる「適齢期」を過ぎて未婚のままの女性、あるいは離婚や夫と死別した女性は、自分の生家で家族親戚と暮らし続けますが、経済的に自立するのは困難。またこの地域の保守的な慣習から、女性はなかなか外に働きには出ません。オリーブや野菜の栽培が主な経済活動のこの村で、農作業や家事の間に少しずつ行う刺繍(1つのコースターを作るのに約5時間かかる)は、彼女らの重要な収入源です。

近年この村のより若い世代の女の子たちには、近隣の町の中学・高校に通ってより高い教育を受ける機会も増えてきてはいるそうです。そういった子たちはしかし、卒業後は村で農業・刺繍に従事するよりも、より大きな町に出て就職する道を選ぶ場合が多い。刺繍が安定的な収入につながる生業として彼女らに魅力的でなければ、継承する女性たちも引き続き減り続け、このまま数十年後にはこの村でのフェズ刺繍民芸は絶えてしまうのかもしれません。

日本人好みに考案された巾着袋一方、今日ではインターネットを駆使して世界中ほぼどこからでも注文を受けて発送することも手軽にできるようになっています。このクラファンを通じて組合の仕事が少しでも外に広まり、希望をつなぐお手伝いにもなればと思います。刺繍作品の発送時には、後日別の作品を追加注文されたい場合の連絡先も同封します。新たな商品アイディアも、組合の女性たちには歓迎されます。



モチーフ「鳥と巣」

伝統や慣習、教育といった「檻」の中で生まれ育ち、村から出ない、顔を見せない女性たち。彼女らの手で丁寧に仕上げられ外国に旅立ってゆく美しい刺繍作品たち。教育を受けて村から出てゆく若い女の子たち。村の女性たちは、何を思いながら刺繍を世に送り出すのか。若い女の子たちは外の世界を見た後で、いつか村で待つ母親や祖母、伯母たちの許に戻るのか、戻らないのか。私にとっては、アル・アマル組合の女性たちの暮らしは、「ハゲタカの旅」の物語とも大きく重なります。



FIN