刺繍村へ行こう。まずは、日本から1万㎞以上離れたフェズ刺繍村へ、動画で4分の旅。村の女性たちの顔は公に見せられませんが、案内してくれたジャミラさんにお話も伺いました:希望組合モロッコ王国北部フェズ・メクネス地方の農村部に位置するカルメト・ベン・サレム村。ここには2009年から2013年ごろにかけて男女合わせて4名の日本人のボランティア(海外協力隊員)が次々に派遣されました。彼らは、村の伝統民芸であるフェズ刺繍を行う女性たちの生計向上支援を目的に、制作販売組合(アソシエーション)としての組織化や、刺繍作品の質向上指導、商品開発などの支援活動を展開しました。そうして立ち上がった女性組合の名前はAl Amal(アル・アマル)、「希望」です。「昔はモロッコの多くの家庭で、フェズ刺繍を施した寝具カバーやクッションカバーなどが使われていましたが、近年は機械による刺繍やプリント柄布地の普及もあり、制作に技と時間を要し高価になりがちな民芸フェズ刺繡作品への需要は減っています。」自身も幼い頃からフェズ刺繍を学び、長年この組合のサポートを続けているジャミラさん(日本在住経験もある親日家)は、こう話します。日本人ボランティア達は、表と裏に同じ模様が現れる(要するに裏表がない)フェズ刺繍の特徴を生かし、且つより価格的に手頃な小型の商品の開発を支援しました。その結果生まれたのが、今回当プロジェクトのリターンとして提供させて頂いているコースターや栞です。モロッコには他にも民芸刺繍品は多くありますが、これらアイテムはこの組合独自のものと言えるでしょう(お土産屋さんでは売っておらず、現在のところ組合のオンラインショップもウェブサイトもありません)。モチーフ「サハラの花」村にボランティアがいて販売促進活動も盛んであった最盛期には40〜60人程度の女性が刺繍に従事していたそうですが、現在ではコアメンバーは約15人(注文が多い時には20名くらいまで動員)。まとまったマニュアルがあるわけでもなく、モチーフの記憶や刺繍の技は、代々女性たちが制作を続けることによって彼女らの手先と頭の中に受け継がれてきたものです。動画でも御覧頂ける通り、彼女らの刺繍作業では、まっさらな布地にガイドラインも下絵もなく、ほぼ感覚で正確な幾何学文様を刺してゆきます。モチーフは、鳥や花や星などの自然、そして女性たちが人生の殆どを過ごす家の中のエレメント。作品への需要が減り、刺繍に従事する人数が減れば、忘れられてゆく伝統パターンやステッチもあるだろうと、ジャミラさんは憂いています。この組合の女性たちの多くは、教育を受けていたとしても小学校卒業程度、また文盲の人もいます。10代で結婚し子供を産むのが当たり前の田舎のコミュニティで、現在一番若い組合メンバーは30代で既に孫がいるおばあちゃんだそうです。いわゆる「適齢期」を過ぎて未婚のままの女性、あるいは離婚や夫と死別した女性は、自分の生家で家族親戚と暮らし続けますが、経済的に自立するのは困難。またこの地域の保守的な慣習から、女性はなかなか外に働きには出ません。オリーブや野菜の栽培が主な経済活動のこの村で、農作業や家事の間に少しずつ行う刺繍(1つのコースターを作るのに約5時間かかる)は、彼女らの重要な収入源です。近年この村のより若い世代の女の子たちには、近隣の町の中学・高校に通ってより高い教育を受ける機会も増えてきてはいるそうです。そういった子たちはしかし、卒業後は村で農業・刺繍に従事するよりも、より大きな町に出て就職する道を選ぶ場合が多い。刺繍が安定的な収入につながる生業として彼女らに魅力的でなければ、継承する女性たちも引き続き減り続け、このまま数十年後にはこの村でのフェズ刺繍民芸は絶えてしまうのかもしれません。日本人好みに考案された巾着袋一方、今日ではインターネットを駆使して世界中ほぼどこからでも注文を受けて発送することも手軽にできるようになっています。このクラファンを通じて組合の仕事が少しでも外に広まり、希望をつなぐお手伝いにもなればと思います。刺繍作品の発送時には、後日別の作品を追加注文されたい場合の連絡先も同封します。新たな商品アイディアも、組合の女性たちには歓迎されます。モチーフ「鳥と巣」伝統や慣習、教育といった「檻」の中で生まれ育ち、村から出ない、顔を見せない女性たち。彼女らの手で丁寧に仕上げられ外国に旅立ってゆく美しい刺繍作品たち。教育を受けて村から出てゆく若い女の子たち。村の女性たちは、何を思いながら刺繍を世に送り出すのか。若い女の子たちは外の世界を見た後で、いつか村で待つ母親や祖母、伯母たちの許に戻るのか、戻らないのか。私にとっては、アル・アマル組合の女性たちの暮らしは、「ハゲタカの旅」の物語とも大きく重なります。FIN
鳥 の付いた活動報告
Report Vol. 2 目次1.初稿2.ハゲタカになる3.アトラスの獅子4.金曜日おめでとう1.初稿先週、出版社側から絵本の初稿があがってきました。皆さんにお届けする絵本の全体の雰囲気(アンビエンス)に関して、著者の私と出版社側のイメージに多少隔たりがあるようで、これから相談しつつさらに磨いてゆきます。素人ながらモロッコの異国情緒満載にしたい私、日本の読者を知り尽くしたプロの出版社。どんな着地点になるのかは、印刷があがるまでわかりません。「より素敵な本にしたいという想いは一緒」という編集者さんのお言葉が大変嬉しいです。現在の予定では、印刷所への入稿はクラファン公開終了日と同じ3月12日だそうです。予定通りにゆくよう頑張ります。2.ハゲタカになる「はげたか」か、「ハゲタカ」か。それが問題だ。私がラバトで印刷所に持ち込んで印刷した最初のバージョンでは、絵本のタイトルは「ハゲタカの旅」と、鳥の名前がカタカナでした。文章でも、全部カタカナ。しかし今回、日本で出版して頂くにあたり、当初絵本のタイトルだけは平仮名で「はげたかの旅」とする予定でした(出版社との契約でもそのタイトル)。「ハゲタカ」よりも、丸いカーブの平仮名で「はげたか」の方が、可愛らしくて、この鳥につきまとうネガティヴな印象がちょっと和らぐ気もしていました。だからこのクラファンページも、タイトルは「『はげたかの旅』」出版プロジェクト」です。しかし編集作業の過程で、編集担当の方より、やはり題字と本文とで平仮名・カタカナを使い分けるのは好ましくない(校正ミスだと思われる)とのご指摘が。統一するために本文中の「ハゲタカ」を平仮名にしてしまうと、読みにくくなるし、そうすると「コウノトリ」まで平仮名にしなくてはならなくなり、一層読みにくくなります。小学生でも読めるように総ルビふってくれるということなので、いっそ両方とも漢字にしては、と調べたところ、「禿鷹」、そして「鸛」。素敵ですが、画数が多く難しい…。ということで、最終的に、日本で印刷出版するバージョンでも、題字は「ハゲタカの旅」に戻ることになりました。当クラファンプロジェクトのタイトルは変更せず平仮名でキープしますが、どうかご了承下さい。「ハゲタカ」というカタカナ表記での表紙上の題字の印象を和らげ、より多くの方に書店で手にとって頂けるように、フォントで工夫すべく試行錯誤中でもありますので、乞うご期待。以上、日本語ならではの葛藤でした。今後活動報告の文章でも、本の題名は「ハゲタカの旅」とさせて頂きます。あしからず。3.アトラスの獅子時には人間がくれる食べ物をくちばしにはさんで 格子の間から自分の子に食べさせ できうる限りの方法で 我が子を可愛がりました-「ハゲタカの旅」より絵本のストーリーを思いつくきっかけとなったラバト動物園のハゲタカの檻、そしてハゲタカたちが人間のくれる餌を食べる様子を見る機会がありました(動画1分16秒):ハゲタカたちは、檻の上に巣作るコウノトリたちをどう思っているのか。一方コウノトリたちは、自分で探さずとも人間に餌をもらえるハゲタカたちを、羨ましく思うのか。どうなのでしょうかね。この動物園内には、ハゲタカの檻の周り以外にも、実に沢山のコウノトリが見られます。本来渡り鳥ですが、一部モロッコに定住するものも見られるようになったとか。居心地が良いのですね。絵本の出だしでは、「ある王国の小さな動物園」と書きましたが、実際のラバト動物園はアフリカで2番目の規模です(サファリで動物を見る国は動物園は要らないのかも)。広々として緑も多く、地元の人たちの憩いの場となっています。この動物園のシンボルにもなっている目玉動物は、なんといってもアトラスライオン。かつてアトラス山脈を含む北アフリカ一帯に生息していたものの、乱獲などのため1950〜60年代くらいに野生では絶滅し、現在では飼育下ながらモロッコで最も多く生息するそうです。対欧州強豪チーム勝利後の熱狂そしてモロッコのサッカー男子ナショナルチームの愛称も、Lions de l’Atlas(アトラスのライオン)。女子はLionnes de l’Atlas(アトラスのライオネス)。そして息子の所属する地元チーム名にはLionceaux(子ライオン)が。2022年、男子ナショナルチームがアフリカ・アラブ・イスラム圏で史上初のサッカーワールドカップ4強入りし、王様ご自身が街頭に出てきて庶民と一緒にお祝いするなどかなりの盛り上がりを見せ、また2030年のモロッコでのワールドカップ開催決定もあり、将来「アトラスのライオン」仲間入りを夢見る子供たちが日々練習に励んでいます。ご近所のストリートアート4.金曜日おめでとう緑の屋根が光る 白くて大きなモスクを見ましたそこから流れる心地よいお祈りの声に酔いしれました-「ハゲタカの旅」より毎週金曜日の挨拶は、「Jmaar moubaraka(ジュマームバラカ)、金曜日おめでとう」。金曜日はイスラム教徒の人たちにとって神聖な日、特に午後一番のお祈りは重要とされ、私の職場の近くでも、モスクに入りきらず外の地面の上に祈祷用カーペットを敷いてお祈りする人たちの姿が見られます。このお祈りの時間は店を閉めるレストランもその後開いて、モスク帰りの多くの人がクスクスを食べにやってきます(顧客が観光客メインではない地元レストラン・食堂では、クスクスは金曜日にしか出てきません)。モロッコのモスクの多くが、イスラムを象徴する緑色の瓦屋根を持っています。私が絵本のこの場面を書いた際に思い浮かべていたのは、モロッコの象徴的モスク、カサブランカのハッサン2世モスクです。前国王の名前をもつこのモスクは、アフリカ最大、世界ではサウジアラビアの聖地メッカのモスクに次いで第二の大きさを誇ります。また、コーランの「神の玉座は水の上にある」という節から前国王がインスピレーションを受け、建物の一部が水(大西洋)の上に建てられている、世界唯一のモスクだとか。イスラムの理想を追求した宗教施設でありながら、同時にやはり前国王の望みでキリスト教教会とユダヤ教シナゴーグの建築要素も取り入れ、いわゆる「啓典の民」の人々の穏やかな共生への願いが込められているそうです。現地の人でさえ忘れているらしいこの事実は、今こそ重要に思えます。息を飲むほどに美しい工芸が細部まで施されている上に、神様と向き合いにやって来る人たちの居心地に配慮した作り(夏は天井が全開するとか、冬は床暖房とか)。まさに王様のプロジェクト。通常モロッコでは非イスラム教徒はモスクの中に立ち入ることはできませんが、ここは例外。モロッコ最大の都市であり経済の中心であるカサブランカは、観光ではスキップされてしまうことも多いようですが、もし訪れる機会のある方には、是非立ち寄って頂きたい場所です。FIN
Report Vol.1 目次1.Remerciments2.I.さんに捧げる3.「おそとの世界へ」4.そんなみんなへ。5.刺繍のような1.Remerciments(御礼)思い切ってクラファン公開に踏み切ってから10日余りが経ちました。すでに目標額の45%のご支援を日本各地、またモロッコ他海外在住の方々からも頂きました。河原で手にすくった小石を水面に撒いたら、大小多くの水紋が静かに広がっていった感じです。皆さまのご支援に、まずは重ねて御礼申し上げます。日本では連日元旦の震災のニュースがまだ続く中、個人の出版プロジェクトには支援は得難いのではと思っていました。こんな時だからこそ、前向きな企画に勇気付けられますというお言葉をくださる方もおり、大変勇気付けられました。けれどこの間、悲しいお知らせにも遭遇しました。2.I.さんに捧げるお腹が空いてひもじくてひもじくて 泣きそうでいる時に 見たこともない 珍しい鳥たちが食べ物のありそうな場所を示してくれたり 危ない風が来るから気をつけてと 教えてくれたりしました-「はげたかの旅」よりI.さんは、そんな「珍しい鳥」のような方でした。2020年後半に一旦モロッコから帰国となり、国境閉鎖や子供の教育の都合でモロッコには戻れず、先が見えない中とりあえず滞在していた京都で出会いました。リサイクル陶器市でガラス製品を手にした私を見て、「ガラス好きなんか、だったらいいとこあるでー」と、いきなり地元の隠れ家(オアシス)的な素敵なステンドグラス教室に誘って下さり、その後数ヶ月間、そこに通ってセラピーのような時間を得るきっかけを与えてくれました。私はそこでモロッコタイルのような作品を作っていました。I.さんは過去モロッコにツアーでご旅行されたことがあり、丁寧に旅行記などもまとめられていたのを、私に読ませてもくれました。コロナ禍が明けたら私を訪ねてモロッコに再度来たいとも仰って、「はげたかの旅」の出版も楽しみにして下さっていました。昨年9月8日のモロッコ中部での大地震の直後には、大丈夫ですかとメッセージも下さいました。台風でご自身の田んぼが荒らされてしまい、大変な最中だったにもかかわらず、遥か遠くの私に気を使って下さいました。その方がいると周りが明るくなる、お日様のような方でした。新年のご挨拶、絵本プロジェクトの進捗、クラファン公開のお知らせをしても、いつもと異なりメッセージが既読にならず、心配しました。実は、昨年9月にお気遣いのメッセージを頂いていた2週間後に突然お亡くなりになっていたことが、数日後わかりました。一番絵本を手に取って頂きたかった方の一人でもあり、大変悲しく思っています。「モロッコの地震大丈夫でホッとしました。我が家は台風で土砂の入った稲刈りが昨日やっと終わりました。[…] 早く貴女の帰りを待っています。素敵な絵本も楽しみにしています。では I.」2023年9月10日、彼女から私宛の最後のLINEメッセージです。このプロジェクトは、I.さんと、遺されたご家族に捧げたいと思います。3.「おそとの世界へ」既に10名以上の方に、「特製ポストカード6枚組」の付いた絵本のリターンをご選択いただきました。今回のプロジェクトのために印刷したポストカードですが、うち3枚に「はげたかの旅」とは別の、最初にロリに挿絵をつけてもらった「おそとの世界へ」という絵本の中から3場面の絵を選びました。リターンの解説として、それら3場面の原典である「おそとの世界へ」も、この場で紹介させて頂きたいと思います。モロッコに来る前に住んでいたカンボジアで、まだハイハイをしている息子が猫用ドアから外に出ようとしたことがあったことから着想したお話です。こちらはカンボジアの風景に基づいて文章がふくらみ、挿絵を付けてもらって最終的に印刷に至ったのは息子が6歳の時、モロッコに引っ越した後でした。「はげたかの旅」より小さな子向けの想定で、日本語の特徴である擬音語(オノマトペ)を多く使いました。ロリも、挿絵には子供が好む明るい色(熱帯の色でもある)を豊富に使ってくれました。こちらも、外の世界への憧れ、旅と、最後は家族の許に戻るという点で「はげたかの旅」とプロットが共通していますが、よりシンプルで、ほのぼのとした絵本です。そしてこのお話にも、子供をケアするコウノトリが登場します。カンボジアのはインドトキコウ(Painted Stork)、モロッコのはシュバシコウ(朱嘴鸛、White Stork)と、種類は違いますが同じコウノトリ科の鳥で、私のプチ「コウノトリシリーズ」となっています。こちらは出版の予定もないので、やはりコロナ禍の自宅軟禁中に自分で朗読し動画にしたものを、ロリの承諾も得て公開します。編集者の校閲も経ない文章で、また自分の声が好きではないので恥ずかしいのですが、ロリの愛らしいイラストとストーリーを楽しんで頂けたらと思います。今回のご支援者の中には、カンボジア時代に知り合った方も多いので、風景を懐かしくも思っていただけるかもしれません(4分17秒)。4.そんなみんなへ。旅に出たいけど出られない 大好きな人のそばにいたいけどいられない そんなみんなへ。出版される「はげたかの旅」を開いて最初に目にされることになるのは、こんな献辞です。あ、と思った方。このメッセージを贈りたいと思う相手がいる方。リターンには贈呈を想定したサイン入り絵本3冊セットもあります。震災・戦争の被害者の惨状を伝える報道をスクリーン上で見ていると、彼らが辛苦の檻の中にいて、自分は檻の外で何も出来ずに無力に見守っているだけにも感じます。彼らにも、贈りたいです。5.刺繍のような絵本出版もそうですが、クラウドファンディングも初の挑戦です。ページを作るのも簡単で、宣伝用にサイトのQRコードも自動で作られました。若いスタッフの方々がどんな質問にも即答したり適所で助言をくれたりなど、後方支援体制も万全で、よくできているなあ、すごいビジネスモデルだなあと感心しています。QRコードを友人にシェアしたら、即、「フェズ刺繍みたい」と言われました。確かに。QRコードは日本の囲碁から想起されたと知ったのは、恥ずかしながらつい最近のことです。囲碁盤も方眼、幾何学文様が中心のフェズ刺繍のモチーフも、よく方眼紙の上に描かれていますので、似るのは自然なことなのかも。けれど、このプロジェクトのリターンに提供しているフェズ刺繍を作っている女性たちは、方眼ガイドラインも下絵も何もない、まっさらな白い布に自分の感覚だけを頼りに刺繍をしてゆきます。まさに、職人技。後日の活動報告で、この女性たちの仕事にも触れてゆきたいと思います。FIN