「刑務所アート展」と言っていますが、そもそも刑務所内ってどんな表現活動があるのか、そもそもできるのか、あまり知られていないかもしれません。
刑務所内にある表現について、服役経験のある7名の方にインタビューを通して聞いてみた内容をご紹介したいと思います。
(1)音楽
音楽を聞くことができるか、演奏することができるかを聞いてみました。答えてくださった全員が、雑居室内のラジオかテレビで音楽を聞くことができたといいます。
また、年に一度のカラオケ大会があると答えた方も複数名いました。練習用の通信カラオケが講堂に設置されていた刑務所もあったそうです。刑務所は、工場が基本的な集団の単位で、運動会でもカラオケ大会でも何らかの大会で競うのは常に工場対抗で、工場を代表する者同士で競い、優勝者には石鹸やノートが送られるといいます。
また、「所内ラジオ」という取組がある刑務所も複数ありました。自分の好きな曲と、その曲にまつわるエピソードを紙に書いて刑務官を通して投稿し、選ばれるとラジオで投稿が読まれ、リクエスト曲を流してもらえたそうです。
(2)美術
美術について、創作する機会や鑑賞する機会があるのかについて尋ねました。
すると、受刑者が所持する雑記帳(ノート)に絵を描いてはいけないというルールがあり、絵を描くには許可をとる必要があったとする方もいれば、そうしたルールは特になかったとする者もいました。
そうしたルールの運用は刑務所ごと、あるいはその時の刑務所長ごとに変わるのだといいます。これは、美術の活動に限らず、あらゆる活動全般に通じるものです。
創作活動の機会について代表的なのは「絵画クラブ」ですが、人気があり模範囚や所内で力を持つ刑務官の信頼を得た受刑者しか参加できないようです。絵画クラブに入ることのメリットは、所持できる色えんぴつの種類が増えることであり、クラブ活動に所属しない受刑者は黒・赤・青のペンしか所持が認められていません。
なお、受刑者が所持できる文具については、「被収容者に係る物品の貸与,支給及び自弁に関する訓令(PDF)」という文書が、法務大臣から各刑務所長宛に出ています。前回の刑務所アート展でも使用できるとされる文具を展示しました。
ほとんどの文具・画材は、願い箋によって使用許可を求めて、許可されれば使用できるというものばかりです。前回の刑務所アート展では、使用許可がおりず応募を諦めたという方からのお手紙ももらいました。
なお、薬物改善指導の中で、アートセラピーがあったと答えた方もいました。クレヨンを用いて今の気分や感情を色で表現しましょうというような内容で、講師は臨床心理士の方だったそうです。
箱庭療法やコラージュ療法など、セラピー的にアートが用いられるケースが、少年院・刑務所ではけっこうあります。面と向かって家族関係などを聞き出す緊張感のある面接よりも、表現という遊びを取り入れて、対象者との信頼関係を構築しながら、幼少期の思い出であったり家族のことを振り返ったりするそうです。対話の糸口をつかむための表現ですね。
(3)舞台作品
さて、舞台作品です。舞台作品について、鑑賞することや、自ら演じるといった機会があったかを尋ねると、インタビューに応じてくださった全員が舞台作品の類は一切なかったと答えていました。
慰問には、歌手やお笑い、落語家などがくるが、その頻度は刑務所によって異なり、全く慰問がなかったという刑務所もありました。また、著名人の慰問ばかりではなく、地域の子どもたちによる演奏や、カラオケ慰問というものもあり、こうした集会の機会を楽しむ人もいたそうですが、どちらかというと面倒に思う人もいたそうです。こうした慰問活動への参加をするのは、地域の方の善意に応えることになるため、仮釈放をもらうための点数かせぎのために参加する人もいたとか。
慰問の場においては、拍手もしくは笑うことしか認められず、雑談はもちろんできないそうです。また、演者とのインタラクティブなやりとりなどもできなかったそうです。
(4)クラブ活動
刑務所にはクラブ活動があります。刑務所ごと、持っているクラブ活動は異なり、また、参加できる受刑者は非常に限られます。そんな中、俳句クラブと詩吟クラブに参加した経験のある方がいました。
俳句クラブに参加したAさんによると、月に1度行われる活動の日までに参加者が俳句を書いて刑務官に提出し、クラブ活動当日に俳句が一覧となってプリントされたものが配られ、著名な俳句歌人の指導のもと、いい俳句を選んで賞を決める、という活動だったそうです。参加しようと思った動機としては、少年院の頃からもともと文章を書くことが好きだったからと。Aさんは服役中に、文芸作品コンクールで2回賞をもらったそうで、その時の賞状をもらったことが嬉しかったと、今でもその時の賞状をお持ちでした。
ちなみに、文芸作品コンクールというのは、矯正管区という法務省の組織が主催しているもので、少年院や刑事施設の被収容者の方が応募し、審査員から金賞・銀賞・銅賞といった賞が送られています。少年院の在院者の作品は法務省のホームページ「文芸作品コンクール」から閲覧できます。また、積極的に展示をしているのは札幌矯正管区(「岩見沢で刑務所・少年院芸術作品展」(朝日新聞、2023.1.14)ですが、これは非常に珍しい事例で、多くはめったに展示されることはありません。
続いて、詩吟クラブに参加したBさんは、クラブ活動に入った理由について「声を出したかったから」と答えました。刑務作業中は話すことができず、鼻歌を歌うだけで懲罰となるような環境下で、大きな声を出すという機会がなく、詩吟そのものに関心はなかったが、声を出すことがストレス発散になったといいます。クラブ活動中は、講師との間で話はできるが、原則として他の受刑者とは話すことができないそうです。
(5)その他:所内文芸誌
刑務所内には、受刑者の方が刑務官の方とつくっている文芸誌があるのをご存知でしたか?例えば、府中刑務所には『富士見』という所内誌があり、受刑者の方が詩や短歌、俳句、絵画、エッセイなどを投稿し、刑務官のチェックを経て、刑務所内の印刷工場で印刷され、各居室に1冊は置かれているそうです。また、この所内誌も文芸作品コンクールの出品対象で、府中刑務所はこれまでに何度も受賞されているようです。
ちなみに、『富士見』が誕生した歴史的な背景として、終戦後に書籍が焼けるなどどこも同じ図書不足で困り、図書補充のため本省から各施設に所内誌発行奨励の指令が出たとの記述が、初期の頃の富士見にあるそうです。ないもの(読み物)は自分たちで作れ、と。
刑務所内の表現はなぜもっと公開されないのか
こうして紹介してみると、「なんだ、刑務所内でもけっこう表現活動ってあるじゃん。できるじゃん」と、思われるかもしれません。私も、最初はそう思いました。しかし、非常に制限された表現環境であることを忘れないでください。
これは「刑務所アート」のひとつの特徴ともいえます。限られた物品を工夫して用いて表現をする、しかし物品を目的外に使用することは禁じられている、そんな中で制作されています。
また、日本の刑務所内の特徴として、コミュニケーションの制限があります。クラブ活動内でも他の受刑者とのコミュニケーションが制限されていると答えた方がいました。刑務所に視察に行くと、受刑者とすれ違う際に、一方は壁を向かされてその間に後ろを通る、ということがあります。すれ違うことさえ制限されます。
したがって、身体的なコミュニケーションであるパフォーミング・アーツはあまり取り組まれていませんでした。個人で取り組むことができる文芸ジャンルへの偏りがあるといえるでしょう。海外の事例では、それこそコミュニケーションを学ぶ意図をもって、演劇ワークショップが取り組まれるケースの方が多いくらいです。
また、表現活動に参加できる受刑者はごく一部です。数百人〜1000人近く受刑者がいる刑務所の中で、絵画クラブに参加できるのは十名程度です。その他のクラブ活動も同様です。クラブ活動に参加していなくても、居室で余暇時間に創作に取り組むことはできるそうですが、その場合には、使用できる物品がまた限られます。
そして、何よりも大きな課題として、居室でたとえ創作ができたとしても、発表する機会がありません。文芸作品コンクールに応募して受賞したとしても、それが外に展示される機会は非常に少ないです。
刑務官の方に、「なぜもっとこうした表現活動の成果を公開しないのですか?」と聞いてみました。すると、次のような回答がありました。
「当所ではないが、某施設で「塀の中の運動会」というテレビ報道があった際、「犯罪者が何を楽しそうに騒いでいるのか、被害者の気持ちを考えろ」というクレームが殺到し、その施設で運動会がなくなってしまったらしく、一般に公開していくことのリスクもある。活動成果など、いくら良かれと思って一般公開しても、そうしたクレームに答えられるかはわからない。なので、外から働きかけていただく方が助かります。」
ここに、改めてこのプロジェクトの意義が見出せそうです。つまり、外からの働きかけによって刑務所内の表現を外につなぐこと、そのためには社会でこの表現を受け止めてくれる環境をつくっていくこと、そのためにさまざまな対話を重ねること、それがこのプロジェクトの重要な意義といえると思います。