
みなさん、おはようございます。
高知県の山間部には、「水を呼ぶ」という言葉があります。
それは、豊かな水資源や清流への親しみ、
そして何より自然への畏敬の念が込められた言葉。
特に三原村などの地域では、山から水を引く際、
単に「導水する」のではなく、
恵みとして「お迎えする」という意味を込めてそう呼びます。
豊かな生態系を育む根源である「水」。
しかし今、その水が危機に瀕しています。
記録的な干ばつによる、深刻な水不足です。

私はこの危機を脱するため、必死に水源を探し続けてきました。
そして今回、まるで鹿に導かれるようにして出会ったのが、
ひとつの「奇跡の湧水」でした。
昨日は、その水源から取水槽までを繋ぐ、
まさに「水を呼ぶ」作業を行いました。

入山前、道端の小さなタラの芽を見つめ、
「もうすぐ芽吹く時期なのに、この渇水で大丈夫だろうか」と、
山の渇きを案じながら一歩を踏み出します。
目指すは山の9合目。
前日までに黒パイプを配管した地点へ到着しました。
山の谷筋は、ひとたび大雨が降れば猛烈な濁流と化し、
すべてを押し流してしまいます。
地形を読み、
自然の猛威をいなすルートを見極めなければなりません。

私は谷底を避け、
木々が力強く根を張る尾根沿いの安全な場所を選び、
一本ずつ黒パイプを固定しながら下っていきます。
「高いところから低いところへ」が水引きの鉄則ですが、
複雑な地形では迂回や登り勾配も避けられません。
水の勢いが弱まるリスクを承知の上で、慎重に作業を進めます。
すると、目の前に先人が築いた石垣の砂防堰が現れました。

かつてこの地を襲った鉄砲水から、
ふもとの集落を守るために築かれた巨大な石の壁。
重機も何もない時代、
どれほどの汗と涙がこの石に染み込んでいることか・・・
その圧倒的な存在感を前に、
ただただ感嘆し、深い敬意を抱かずにはいられませんでした。
この先人の石垣に見守られるようにして、
配管のスピードも上がります。
さて、あの奇跡の湧水は、無事に届いてくれるのか?
祈るような気持ちで取水槽を確認に行くと——。
「おぉ……! 来たぞ!!」
25ミリのパイプから、
透き通った水が勢いよくほとばしっていました!
それどころか、
源泉では使い切れないほどの水があふれ出しています!!
「もう1本引けば、もっと楽になれるぞ。引いてしまうか?」
喉から手が出るほど欲しい、命の水
しかし、私たちはその誘惑を静かに手放しました。
「根こそぎ奪ってはいけない」
それは人間のエゴであり、
自然に対する「搾取」になってしまうから。
あふれ出た水は、
この山で懸命に生きる動植物たちのためのものです。
「水を呼ぶ」とは、
単に生活の利便性を追うことではない。
自然の恵みを謙虚に受け取り、
他の生命と分かち合う「心」を学ぶ作法なのかもしれません。



