みなさん おはようございます!昨日は、薪がない!ということで、薪の調達と、開拓地の排水溝にたまった落ち葉の掃除を行いました。毎日、泥にまみれて開拓作業に明け暮れる日々実をいえば、いまだに「無収入」のままです。けれど、鶏さんたちをお迎えするまでの今は、大切な「修行期間」そう自分に言い聞かせながら、おかしくも必死な毎日を過ごしています。私の暮らしは今、太陽のリズムそのもの日が昇れば起き、沈めば眠る電気代を惜しんで台所のLEDひとつで夜を凌ぎ、各種公共料金や税金の請求書に震える・・・(苦笑)文字にすると少しストイックすぎるかもしれませんが、この不便さの中には、都会では決して味わえなかった確かな「手応え」が満ちています。スイッチひとつで手に入る「暖」をあえて手放し、自らの手で作り出すプロセスで見えてきた、3つの大切な視点をお話しします。1. 里山がくれる「薪」という贅沢森に入り、木を切り出し、割り、乾かす。この長い時間を経て手に入る薪の一本一本には、山のエネルギーが凝縮されています。燃料を「買う」のではなく、山から「いただく」。パチパチとはぜる炎を眺めながら、この熱が自分の手で準備したものであることに、深い充足感と感謝が湧いてくるのです。2. 大自然に「生かされている」という実感厳しい寒さや、予測不能な天候など、大自然を前にすると、人間がいかに小さな存在か!身をもって思い知らされます。しかし、「自分もまた、大きな循環の一部なのだ」と気づいた時ふっと肩の力が抜け、心地よい安心感に包まれました。大自然の中での営みは、自分の無力さを知ると同時に、自然の底知れぬ寛大さに触れる時間でもあります。3. 集落の人々と紡ぐ「結(ゆい)」の暮らし里山暮らしは、決して一人では完結しません!重い丸太を運ぶとき、台風で道が閉ざされた時誰かに助けられ、支え合っているという実感こそが暮らしの核お裾分けの野菜や、立ち話で教わる生活の知恵「お互いさま精神」で繋がる温かなコミュニティがあるからこそ厳しい大自然の中でも、心にはいつも「灯火」が宿っています。開拓作業後の薪のお風呂は最高の「ごちそう」です!森、大自然、そして集落の方々この豊かな3つの循環の中にいられることに、私はいつも感謝の気持ちでいっぱいです!ありがとうございます!!




