2024/07/03 00:50

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さて、本日は玉之浦(たまのうら)に伝わる、空海にまつわる伝説を紹介します。

大宝寺(だいほうじ)は延歴24年(808年)弘法大師(空海)が唐から帰国の際、この寺にこもって真言密教の秘法を悟り、それまで三輪宗だったのを改め、全国に先立って真言宗を広めたという由緒を持ち、西の高野山としてあがめられる有名なお寺です。

また、空海と大宝寺のかかわりについては次のような伝説もあります。

唐から帰国の途についた空海の船は日本に向かっているうち大時化に会い、暗黒の海上を風波に翻弄されて方角がわからなくなってしまいました。すると空海の持った読経礼拝用の鐘に、大宝寺の鐘の音が呼応して響き、その音を頼りに船を進めてきたら大宝寺にたどり着いたという話です。

空海が日本に着いてから高野山に入るまで二年間の空白期間があり、その間は九州のどこかにいたものとされています。大宝寺在住期間もこの二年に含まれていると考えられます。

そんな由緒深い大宝寺に応安八年(1375年)播磨国名賀軍西林寺の増信という坊さんが梵鐘を寄進しております。その鐘が現在もつるされているのですが、これは戦時中でも国宝級の値打ちがあるとされ供出を免除されました。

空海の話に出てくる梵鐘とは別の鐘だとは思いますが、工芸品としての価値が高いと認められ、国の重要文化財に指定されております。