小児がんや重病の子どもたちに編みぐるみを贈ろうプロジェクト11

今のこの時も、小児がんをはじめとする「重病」の子どもたちは小さな身体で辛い検査や手術、また家族を離れて闘病をしています。そんな病の子どもたちに「たかお編みぐるみ工房」の「幸せを呼ぶ羊さん(現在まで800匹以上を贈っています)」を贈りましょう。子どもたちに皆様の「思い」と「祈り」を贈るためのご支援を!

現在の支援総額

95,250

77%

目標金額は122,300円

支援者数

8

募集終了まで残り

終了

このプロジェクトは、2024/07/05に募集を開始し、 8人の支援により 95,250円の資金を集め、 2024/08/31に募集を終了しました

小児がんや重病の子どもたちに編みぐるみを贈ろうプロジェクト11

現在の支援総額

95,250

77%達成

終了

目標金額122,300

支援者数8

このプロジェクトは、2024/07/05に募集を開始し、 8人の支援により 95,250円の資金を集め、 2024/08/31に募集を終了しました

今のこの時も、小児がんをはじめとする「重病」の子どもたちは小さな身体で辛い検査や手術、また家族を離れて闘病をしています。そんな病の子どもたちに「たかお編みぐるみ工房」の「幸せを呼ぶ羊さん(現在まで800匹以上を贈っています)」を贈りましょう。子どもたちに皆様の「思い」と「祈り」を贈るためのご支援を!

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本日、7.8月の「小児がんの子どもたちに編みぐるみを贈ろう11」そして「ダウン症の子どもたちに編みぐるみを贈ろうプロジェクト6」 のリターンを発送いたしました。自転車たかお号に山積みクロネコ3往復。 ご支援、そして子どもたちへの暖かい思い。本当に感謝しています。 これからもどうぞよろしくお願いします。 たかお編みぐるみ工房 原田隆夫


本日、7.8月の「小児がんの子どもたちに編みぐるみを贈ろう11」そして「ダウン症の子どもたちに編みぐるみを贈ろうプロジェクト6」 のリターンを発送いたしました。自転車たかお号に山積みクロネコ3往復。 ご支援、そして子どもたちへの暖かい思い。本当に感謝しています。 これからもどうぞよろしくお願いします。 たかお編みぐるみ工房 原田隆夫



 先日、お話をしに神戸子ども病院に行って来ました。 この夏も沢山の病の子どもたちが、(ダウン症や小児癌 だけでなく色々な病気の沢山の子どもたちが入院しています。こんなに沢山の「外来、科」があります。隣にはIKEAがあり、家族と入院中に外出した子どもたちもチラホラ。家族との大切な時間なんだなぁとIKEAの食堂で見て思いました。 いつもお祈り、そして暖かいご支援をありがとうございます。 私も癌に負けず、皆様の「子どもたちへの思い」を届けるために頑張ります!      たかお編みぐるみ工房 原田隆夫


癌について。「六甲山の夜景を観て思うこと。」今日は113回目の抗がん剤治療です。今日は少し「生きようとする」理由について書こうと思います。 先日、六甲山に登り(ケーブルカーでですが)神戸の夜景を眺めて来ました。子どもの頃は「100万ドルの夜景」と呼ばれていましたが、いつしか「1000万ドルの夜景」に値上がりした夜景です。笑  この夜景は私たちにとってとても深い意味があります。 1995年、1月17日5:46分に発生した「阪神大震災」(兵庫県南部地震)」 震度7(当時は街の建物の倒壊度を見て震度を決めていました)の直下型地震。 空がピカ!っと光ったあと大きな揺れに見舞われました。本やストーブが浮き、ブラウン管テレビが、飛んでいました。  怖かった。でも、本当に怖かったのはこのあと現実を見た時でした。 周りの家は倒壊。人が埋まって住民総出で引き摺り出し、漏れたガスが充満。ガス爆発もありました。 近所は火が出たので、空には真っ黒の煙と火。 取材と救難のヘリ、消防車の音、ガス会社のサイレンがこだましていまし✧*。٩(ˊωˋ*)و✧*。あた。  近所の避難所は(体育館)に集まる人々。 「生きた人」と「死んだ人」が寝袋や何かに包まり、並んで寝て、余震の続く夜を過ごしました。 病院では廊下に怪我人が並べられ、生きそうな可能性のある被災者から治療がなされました。 沢山の人が近く(目の前)で死にました。 多くの人々が1番大切なものを失いました。 私は「生きている人」と「死んでいる人」の違いを知りました。 あまりに悲惨な事実を突きつけられた時。 人は泣きません。 避難所に身を寄せて、手で頭を覆い。ただただ「黙って(黙して)この悲惨な災難と恐怖が頭の上を過ぎ去るのを待ちます。  神戸は東灘区などで大火災が起きたりビルはほとんど倒壊、半壊。一時は瓦礫の積み重なった死んだ街になりました。 それから20年。「がんばろう神戸」をモットーに、復興をしてきました。 本当に沢山の方の思いと祈りで、誰も来なくなった街がまた、復活し、一大観光地へと復興することができました。 なので阪神大震災の被災者の私たちが神戸の夜景を見ると、阪神大震災のことを思うとともに、真っ暗になった街がここまで復興したことを感謝します。 そして「苦難の中での人間の底力」を思わされます。 今回で113回目の抗がん剤化学療法。抗がん剤化学療法の直前は「巨大地震警戒注意」が発令されたあの日の皆様と心の状態は似ているかな?と思います。  阪神大震災の被災者として、「後世の人々のために阪神大震災の記憶を風化させてはならない。そして、死んでいった友のために、私は「生きる」。この二つのことをずっと心に持って生きて来ました。 110回以上、頭を抱えて抗がん剤化学療法の恐怖が過ぎ去るよう祈り、黙して耐えて来ました。  余命1年。でも、まだやれると思っています。 そして、阪神大震災で死んでいった人たちのため、そして、これから(もし)大震災が起こったなら、(その時生き残ったら)その人たちの「生きる力」となるために「生きたい」。 そう思っています。  これが「なんで悲惨な抗がん剤化学療法や手術を受けるのか?」ということの理由の一つです。  いつもお祈りしてくださってありがとうございます。  今日は1日病院で点滴、「甘んじて受けて」来ます笑 注、羊です↓


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