
クラファン7日目となりました。
あっという間、だけど、深くて分厚い1週間でした。
人と人とのつながりの素晴らしさを、身を持って体感しています。ご支援に、心から感謝いたします。
応援メッセージ・第7弾「また一緒に仕事がしたい人たち。パート2」
有限会社らすたはうす
クリエイティブディレクター
林田純子さん
林田さんとの出会いも「さいきあまべ食べる通信」を通じて。昨日ご紹介した木村さんと同じく、編集長・平川さんのご縁で繋がりました。
元来ライター志望だった私にとって、林田さんは憧れの存在です。木村さんのデザインもカッコいい、その上で林田さんと木村さんのタッグが最強すぎて、雲の上の人たちと仕事ができた喜びは、正直言葉にするのが難しい。林田さんはどんな時も、嘘のない、的確な言葉を紡いで文章を書き上げる。そのプロの仕事を間近で見続けた6年間は、本当に貴重な財産です。
林田さんからの応援メッセージは、宝来家の空気をそのまま言葉にしたような、圧巻の文章。ぜひじっくり読んでいただけると嬉しいです。
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宝来家旅館クラファンに寄せて。
元「さいきあまべ食べる通信」編集、林田です。こんにちは。副編集長、お久しぶりです。クラファンスタート、おめでとうございます。
足掛け6年半、創刊から休刊まで、宝来家旅館は、私たち編集部のベースキャンプでした。コロナ以前は、合宿のように宿泊もさせていただき、ここから取材にでかけてここに戻り、遅くまで打合せをして、翌朝も早朝から、大阪へ戻る最終便の飛行機ギリギリまで飛び回りましたね。あの濃厚な日々のお陰で、さいきあまべの浦々は、心の故郷です。
そもそも、創刊に携わらせて頂くきっかけになった会合も、宝来家旅館にあるオーガニックカフェ「茶蔵」でした。ここで、平川編集長と語らい、染矢副編集長の玄米おむすびを頂き、その場でスーパーデザイナーの木村さんに応援要請の電話をかけ、チームが出来上がりました。創刊ひと月前だったでしょうか。
「副編集長の実家が老舗旅館なんです」と泊めていただくことになったのですが、着いたとたん、門構えからして空気が変わる存在感に圧倒されました。引き戸をガラリと開けて玄関から入り、階段を上がって二階へ。廊下の左手に続く座敷、右手に現れるアンティークなタイルの手洗い場。黒光りする廊下はやがて中二階へと続くゆるやかな上り坂に。(廊下なのに坂!)
波打つ透明なガラスと飴色の木枠が美しい窓からは、一階の瓦屋根が街頭の白い光りを反射させて鈍く光る。突き当りまで昇り詰めると、赤い壁に木枠の扉が現れて、まるで異世界に誘うようでしたが、私の部屋は手前だったので、左にくるりと踵を返しました。
その夜、不思議な夢をみました。亡くなった父親が赤い壁の向こう側にいる夢です。水産物を扱う商社マンで、魚と釣りが大好きな父でしたので、創刊を応援してくれているように感じました。
幽玄無限、新しいものには宿せない、魂のある旅館です。
旅館は生き物です。一度、完全に死んでしまったら、生まれ変わることはできません。新しいホテルや旅館は、いくらでも建てられる。でも、宝来家旅館は、二度と建てられません。
副編集長の人となりと行動力が大好きです。感性豊かで博愛な心をもつ女性です。誰かがひとりじめできるような人ではなくて、「みんなのもの」という存在感は、その名の通り、彼女が持つひろい心故なのでしょう。
人一倍気を遣うのに、誰よりもおおらかで飛び回ることもできる。でも、肝心なことには、なかなか腰が重かったりもします。そんな副編集長が、ようやく、自分のベースキャンプのために、立ち上がりました。これは、佐伯のためになる。そう、確信できたのだと思います。となれば、全力で応援するしかありません。
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「旅館は生き物です。一度、完全に死んでしまったら、生まれ変わることはできません。」この言葉が、私の背中を押し続けています。何度読んでも号泣です。林田さん、ありがとうございます。
引き続き、応援よろしくお願いします。
染矢弘子



