「人が集い、町の記憶をつくる宿へ」創業134年 佐伯・宝来家、次女56歳の挑戦!

大分県佐伯市船頭町にある、築95年になる木造三階の旅館再開を目指します。現在6年に渡り休業中。古く大きな建物は資金がかかり、再開を試みるものの挫折の連続。50代も中盤を過ぎてしまいました。自己資金では回せずクラウドファンディングにて、資金と宿のファンを集めたいです。

現在の支援総額

1,101,739

55%

目標金額は2,000,000円

支援者数

90

募集終了まで残り

20

「人が集い、町の記憶をつくる宿へ」創業134年 佐伯・宝来家、次女56歳の挑戦!

現在の支援総額

1,101,739

55%達成

あと 20

目標金額2,000,000

支援者数90

大分県佐伯市船頭町にある、築95年になる木造三階の旅館再開を目指します。現在6年に渡り休業中。古く大きな建物は資金がかかり、再開を試みるものの挫折の連続。50代も中盤を過ぎてしまいました。自己資金では回せずクラウドファンディングにて、資金と宿のファンを集めたいです。


大分県佐伯市船頭町で生まれ育ち、現在は休業中の「宝来家旅館」を再開させたいと日々葛藤している、染矢弘子と申します。宝来家旅館の三人姉妹の次女として生まれ育ち、市外県外に暮らしましたが、佐伯に戻り思うのは、佐伯の暮らしやすさです。人の良さ、食べものの美味しさ、温暖な気候や風土、水があうのはもちろんですが、住むにつれて(実家でもありますが)「宝来家」という建物を大事にしたいと思うようになりました。

今年、築95 年を迎える木造三階は、隙間風が通り、雨漏りする建物ですが、住むにつれ思わず深呼吸をしたくなる、心地よい空間でもあります。

この建物を残したいという思いで、18 年前に旅館内でカフェの営業をスタート。当時は母が旅館の女将として運営していたので、お互いに助け合ってきましたが、6年前、脳梗塞で母が倒れ、コロナ禍とも重なり旅館は休業。現在に至ります。

建物を残すということは、古いというだけで維持費がかかります。
建物を活す方法をあれこれ考えてもみましたが、やはり旅館を再開するのが最良だとの考えに至りました。

人生をかけての旅館再開です!

なんとしてでも旅館を再開するために、クラウドファンディングに初挑戦します。



宝来家は明治25年(1892年)、料亭としてはじまりました。昭和6年(1931年)に建て替えられた木造三階は、改築を重ねながら今なお残る建物です。

昭和6年の建築当初、木造三階はモダンな洋館の様相でした。(写真参照)

明治から続く料亭に加えて、昭和6年からダンスホールとカフェを営みました。戦後、一時的に商工会議所が入り、やがて旅館へと業態を変え、130年にわたり佐伯の歴史を見守ってきた建物です。

建築に詳しい方には「二度と建てられない建物」と言われます。懐かしい思い出を口にする方もしばしばで「昔、カフェで生まれて初めて食べたハヤシライスの味を今でも覚えている」「大広間での結婚式に呼ばれて来たことがある」「高校受験の日に宿泊した」など。移り変わる時代の記憶を懐かしむ話は、目には見えない当時を思い起こしてくれます。木造3階と2階の入り混じった複雑な建築は、唯一無二の存在感があり、この建物を残すことは、かつての町の記憶をとどめることでもあると感じるのです。

古い建物は毎年どこかに不具合が出てきて維持費がかかります。そのため、父からは残すことに対してなかなか賛同を得られずに随分と仲違いしてきました。
父も、自分の親から「古くて大きな旅館を残すことの大変さ」を聞かされて育った経緯があり、娘に残して良いものかという葛藤があったのだと思います。

クリエイティブカレッジという大分県が開催した、県内のクリエイターを育てながら、実際に県内企業の困りごとを解決するという事業があり、宝来家旅館の再建を目指し参加したこともあります。とにかく再開したい一心で応募して、最後のプレゼンをいただく日には父を伴い参加。地域を巻き込んだ旅館再開のアイデアに心からワクワクしました。しかし、父の賛同を得ることができず、家を飛び出したこともあります。折下、母の病にコロナ禍が重なり、宝来家は休業しました。1年半の後、家に戻ってカフェの再開はしましたが、父とのわだかまりは残ったまま、旅館の再開を説得することはとにかく時間がかかりました。

ですが、この6年に及ぶ休業中も家族で建物を守ってきました。取り壊したら楽なのかもしれませんが、宝来家には、宿を超えた「可能性がある」と思うのです。どれだけ反対されても、この建物を残したいという強い気持ちがあったから、諦めることはできませんでした。

今ここから目指すのは「歴史を残しながら未来へつなぐ宿」です。


宿を再開すると決めたものの、高齢の両親の手を借りることはできません。まずはひとりでも運営できるように、複雑な動線を解消する必要がありました。そのために、宿の入り口(受付)を一つの空間に改装することにしました。スムーズな受付と、コミュニケーション作りのできる空間を兼ねたものです。

この改装工事は自費で行いましたが、古い建物には目に見えないほころびがあちこちに生じています。客室に至っては、畳や壁の老朽、鍵のないドア、電気配線問題、エアコンの不備など。そして、消防設備の改修。1つしかない風呂場に、シャワー室の増設。さらには、ホームページ開設、経営システム管理など開業にかかる経費は続々と露出。それでも宿を再開するためには、皆さんのお力をお借りしてでも叶えたいと、クラウドファンディングを決意しました。

100 年前の梁、木の温もり、少し不便な造り。改修を重ねてきた建物ですが、そこにあるのは「時代の積み重ねが生み出す心地よさ」です。どれだけ改修しても、あえて「古き良き懐かしさ」を感じる空間であり続けたいと思います。そこに、現代のおもてなしを加えることで「懐かしさ」と「快適さ」が同居する空間をつくりたいと考えています。

畳を打ち替え、照明を整え、必要な部屋にはベッドを設置。エアコンを整えます。wi-fi は使えるけれど、電気配線は昔のまま。少しの不便を楽しんでもらうのも、昔ながらの宿の楽しみ方の一つだと思うのです。

宝来家の一角には、スローカフェ・茶蔵という体が喜ぶ食事を提供する料理店があります。30歳になった頃、この建物を残すには何をしたらいいだろうか?と考えていました。そんなとき「循環農法」を提唱する、なずな農園の赤峰勝人さんに出会い『すべてのものは循環し、循環しないものは淘汰される』ということを理解していく中で、ライフスタイルが大きく変化しました。食べものによって体調が変わることを周囲の人々にも知ってほしいと思い、それまでやってきたデザインの仕事を辞め、店を出すためのノウハウを身につけようと東京へ1年半。そこで得たものは「大分の尊さ、地元食材のおいしさ」でした。「スローカフェ」というのも、フェアトレードビジネスを薦めるウインドファームの中村隆市さんと出会い、スロービジネススクールで学んだことによります。ファストなものに溢れた時代に、一旦立ち止まって「ゆっくり」周りを見渡すことで見えてくるものこそ大事。自然から遠ざかる生活スタイルを、少しだけ自然に還すお手伝いができたら!そうして、20年前にカフェ営業をスタート。自然豊かな佐伯だからできることだと実感してきました。

2017年〜2023年、カフェの傍ら生産に携わる人と消費する人をつなぐ情報誌「さいきあまべ食べる通信」の発行に携わりました。そこでは地元食材の「作り手」とつながり、「食」に向き合ってきました。その経験を生かして食の情報発信できる空間を、つくりたいと思います。

玄米と季節野菜のランチプレート

昔ながらの建築を残す宿を楽しんでもらい、ローカルな食事の提供をしつつ、食にまつわる情報を提供。宿の1階にあるカフェ兼コミュニティスペースにて、顔の見える関係を紡いでいける活動を行っていきます。生産者(食べものを作る人)と消費者(食べる人)が出会い、語り合い、つながるイベント。一緒に料理を作り、食べることの大切さを体験するワークショップ。地産地消することで、目の前でどのように作られたかを知って安心して食べることができる大事さを伝えていきたいです。

「食べること=生きること」を感じてもらえる宿を生み出したいと考えています。

これまでにもカフェスペースを活用し、顔の見える関係を紡ぐイベントを行っています。2025年10月には、地元食材をクローズアップしてお料理をご提供するイベントを開催。ナチュラルワインとのペアリングを楽しんでいただきました。お酒を楽しむイベントであれば、そこに宿があることで遠方の方にも気軽にご参加いただくことができ、佐伯という地域をより楽しんでもらうこともできます。結果、地域への貢献につながると信じています。

2024年にスタートした「宝来家ガーデンマルシェ」は、2026年の2月に9回目を迎えました。佐伯市内外から多くの方にご参加いただき、作り手と買い手が繋がることのできるマルシェとしてご好評いただいてます。顔の見える身近な世界を楽しむことは、豊かな生活を送る始まりの一歩。より深く繋がってもらえる関係づくりを、「宝来家」を通して広げていきたいです。

暮らしの中から生まれる「自然」と「循環」を感じてもらえる宿。

旅する人々が「還りたい」と感じる、関係性を紡ぐ場所。

宿という名の、出会いと集いの空間を目指します。

人が集まって、町になる宿。 町宿 宝来家です。

今となっては貴重な木造3階の建物。この稀有な建物をもっと多くの方に知っていただくことで、建物の価値をより高めていくことができたら、宝来家は次の世にも残すことができると信じています。どうぞみなさんのご支援をよろしくお願いします。

客室リフォーム(畳・照明・ベッド・エアコン・施錠ドア・カーテン)
客室備品
消防設備の申請に係る費用
予約システム導入・ホームページ製作
看板製作費



旅館再開に必要な総額は約650万円。これまで自己資金約300万円を投じて改修を進めてきましたが、必要経費を見積もると約350万円不足しています。

今回のクラウドファンディングでは、その第一歩として200万円を目標に設定しました。この挑戦を成功させることで、再開に向けた現実的な一歩を踏み出したいと考えています。


目標金額200万円は、宿の再開に必要な資金の「スタートライン」です。ご支援いただいた資金は、内装改修工事や備品購入費などのほか、リターンの製作費、キャンプファイヤーへの手数料(17%)に充てたいと考えています。


200万円の内訳

消防設備の改修:20万円

客室リフォーム2室分:76万円

システム・広報(予約システム+看板):16万円

リターン製作費:50万円

CAMPFIRE手数料(17%):約33万円


予算外(今後、必要となる改修)

シャワー室2室新設:150万円



3,000円:【お礼のメッセージ】感謝の気持ちをお届けします

5,000円:【グッズ】宝来家オリジナルステッカー & お礼メッセージ

8,000円:【グッズ】宝来家オリジナルステッカー & 手ぬぐい & お礼メッセージ

10,000円:【グッズ】宝来家オリジナルTシャツ & お礼メッセージ

10,000円:【チケット】スローカフェ・茶蔵の珈琲チケット(20杯分)

10,000円:【グッズ&チケット】1泊チケット & 宝来家オリジナルステッカー

15,000円:【体験】再生物語ツアー宝来家の歴史と再生の裏側を体感できる特別ガイド

20,000円:【グッズ&チケット】宝来家オリジナルTシャツ & ステッカー & 手ぬぐい & 茶蔵珈琲チケット(6杯分)& お礼メッセージ 

20,000円:【グッズ&チケット】<ペア> 1泊チケット & 宝来家オリジナルステッカー

30,000円:【お名前掲載】宝来家館内にサポーター銘板を設置

50,000円:【チケット】1泊チケット & 宝来家御膳

100,000円:【体験】宝来家の今昔を感じる1日+お茶菓子付き50畳の大広間、貸切り

100,000円:【チケット】<ペア> 1泊チケット & 宝来家御膳

1,000,000 円:【限定製作】「ツクリテ通信」発行権(限定1組)※大分県内の生産者限定


※宿泊チケット、体験のご利用日は要相談となりますことをご了承ください。


2026 年

4 月 下旬 クラウドファンディング開始

4 月 下旬 広報活動開始 

5 月 下旬 クラウドファンディング終了

5 月 下旬 客室および館内の改装工事

5 月 下旬 消防設備改修工事、点検結果報告

6 月 上旬 予約システムほか準備

7 月 中旬 旅館業リスタート

8 月 上旬 リターン発送開始

宝来家はただの建物ではないと感じます。人が集い、笑い、涙を分かち合い、歴史を刻んできた「記憶の器」なのだと。だからこそ、宝来家旅館を残したいのです。一人でも多くの方に「宝来家があってよかった」と思っていただけるように。そのために、これからの人生をかけて、自分で決めた道を貫き歩んでいきます。どうか皆さんのお力を貸してください。宝来家を未来に残す挑戦を、共に歩んでいただけたら嬉しいです。心からの感謝を込めて。

支援金の使い道

集まった支援金は以下に使用する予定です。

  • 設備費

  • 広報/宣伝費

  • リターン仕入れ費

  • その他 客室リフォーム(畳・照明・ベッド・施錠ドア・カーテン) 消防設備改修に係る費用 予約システム導入費 看板製作費

※目標金額を超えた場合はプロジェクトの運営費に充てさせていただきます。

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  • クラファン15日目。今日も、嬉しいご支援ありがとうございます!ご支援いただいた友人の顔を思い浮かべて心の奥で「ありがとう〜」と叫んでます!!また、お会いしたことのない支援者の皆さん。ぜひ、お宿再開の際にはお会いできるのを楽しみにしています。本当に、みんなに感謝です。* * *今日も応援メッセージ、ご紹介します〜。応援メッセージ・第13弾「来ちゃいました〜!と現れる人たち」今日ご紹介するのは、熊本県菊池市でふくまるファームを営む福島寛行さん・涼子さんご夫妻です。出会いは、旧八女郡役所を会場に開催された「茶展」。八女茶の農家さんと消費者をつなぐというイベントに、さいきあまべ食べる商會として佐伯の産品を携えて出かけたところ、出店ブースが隣になったのがきっかけでした。季節は秋、福島夫妻は真菰を出店していました。ぽつりぽつりと話すうちに「佐伯ってお魚が美味しいって聞いて、行きたいと思ってた!」という言葉が出て、「ぜひ遊びに来て!」と話したところ——3ヶ月ほどたったある日、「来ちゃいました〜!」とファミリーで泊まりがけで来佐。そのフットワークの軽さに感動して、こちらからも菊池へ。行ったり来たりする関係が生まれ、今では宝来家ガーデンマルシェにも出店してもらっています。知れば知るほどいろんな情報が飛び出してくる、楽しくて頼もしいひろくんと涼ちゃん。このご縁はどこまでも繋がっていくんだろうなと、直感的に感じています。ふくまるファーム &amp; 福むすび。福島夫妻からの応援メッセージです。迷いながらも、それでも手放さずに守り続けてきた宝来家。その時間と想いの積み重ねに、胸がじんわり熱くなりました。見えない葛藤や不安を抱えながらも、「残したい」という気持ちを信じて進んできたその姿に、深く心を打たれます。「食べること=生きること」を感じられる宿。この挑戦がやさしく未来へつながり、ここからたくさんの物語が紡がれていくことを心から応援しています!「食べること=生きること」——茶蔵の18年間と宝来家の134年間を、ひと言で表してくれた言葉だと思います。ひろくん、涼ちゃん、出会ってくれてありがとう!これからもよろしくね。引き続き応援よろしくお願いします。染矢弘子 もっと見る
  • クラファン14日目。今日も温かいご支援をいただき、ありがとうございます!!お会いする方に、「クラファン応援してるよ〜」「活動報告を毎日楽しみに読んでいる」と嬉しい声をかけていただいてます。また、「どうやったらいいのか分からない」とか「リターン選びに迷ってる」という方もいて、お気軽にご相談ください^_^そして、昨日CTSさんの55フライデーにて、スローカフェ・茶蔵をご紹介いただきました!!めちゃめちゃ嬉しいことに、「クラウドファンディングに挑戦中!」との情報も放送いただきました!涙CTSさん、ありがとうございます〜!!!* * *今日も応援メッセージをご紹介です。応援メッセージ・第12弾「環境にやさしい暮らしを、地元で提案してる人」reuse &amp; ethical store「KURASHiKA」大倉岳さん・美和さんご夫妻岳さんとの出会いは、書店の店長時代。本好きの私がよく足を運ぶうちに自然と話すようになりました。その後、岳さんが近所でリサイクルの子ども服のお店を始め、イベントなどで顔を合わせるご縁が続きました。そして「船頭町市」が始まると、奥さまの美和さんが彫金のお店を出されていて、その繊細で可愛らしい作品に一目惚れ!美和さんの作品、大さじスプーンをネックレスにしてもらって、愛用しています。現在はお二人でリサイクル子ども服・大人の古着・エシカル雑貨のお店「KURASHiKA」を営まれていて、洗剤や台所周りの雑貨まで、痒いところに手が届くありがたすぎるお店で、ついつい立ち寄ってしまいます。こんなありがたいお店が徒歩1分で行けてしまう!これは本当に幸せなことです。お互い、環境に良い暮らしを目指したお店として自然と行き来するようになり、美和さんには茶蔵の玄米おむすびを買いに来てもらっています。来年1月開催の佐伯市民大学講座・中村隆市さんと共に、大倉岳さんも地域ゲストとして登場予定です!「全国の友人たちに紹介できる日を楽しみにしています」——この言葉、宝来家再開への大きな励みになります。引き続き応援よろしくお願いします。染矢弘子 もっと見る
  • クラファン13日目。今日も嬉しいご支援をいただき、感謝です!!本日、折り返し地点の100万円に到達することができました ^_^ ありがとうございます。お店にご来店のお客様にも、「がんばってくださいね〜」とお声がけいただきます。本当にみんなの温かさに感動しきりの毎日です。クラファンも中盤に差し掛かり、ここからです!!メディアに取材依頼のメールを送ったものの、返信はなく、メディア関係者のお知り合いの方、ご一報ください!ご紹介いただけると大変ありがたいです。どうぞよろしくお願いいたします!* * *今日は、スローカフェ・茶蔵を始めるに至った経緯と思いなど書いてみたいと思います。* * *宝来家の建物を残したい!まず、そう思ったきっかけは、20代で佐伯に戻り、地元のマガジン制作に携わったことでした。佐伯の町を取材し調べていく中で、「何もない」と思い込んでいた自分の無知さに気づかされました。町の成り立ち、そこに暮らす人々の生活に耳を傾けるうちに、考え方が変わっていきました。特に、船頭町がかつて料亭街として栄えていた文化や歴史の面白さに触れたとき、「ただ大きな古い旅館」だと思っていた我が家が、残したい建物に見えてきたのです。しかし、漠然と残したいという思いだけで、何ができるかなんて考えてもいなかった20代が終わりに差し掛かった頃、大分県臼杵市のなずな農園・赤峰勝人さんと出会いました。顔を見るといきなり「コーヒーとチョコレートがやめられんなぁ」!!?いきなり何故そんなことが分かるのか不思議でしたが、玄米食をすすめらるままに始めると、自分自身の体が軽くなるのが分かりました。食べるものによって体が変わることを知り、自分自身の体調不良が改善されていくのを実感するうちに、「もっと多くの人に知ってほしい」という思いが芽生えてきたのです。宝来家にカフェを作れば、素泊まりだけになっていた旅館の食事をサポートできる。旅館とは縁のない市内の人にも、この建物の存在を知ってもらえる。そう思い至りました。とはいえ、大学で栄養学を学んだくらいで、人様に料理をお出しする自信はありません。何をどこで学べばいいかを考え、マクロビカフェやビーガンカフェのリサーチのため、東京へ修行に向かいました。当時はオーガニックやマクロビのお店は数えるほどしかなく、ほぼ全店を巡りました。なずなでいただいた玄米の美味しさを越えるものには出会えませんでしたが、環境に配慮した雑貨や体によい食材・調味料を扱う店など、理想とする姿に出会うことができました。フランスでお煎茶を教えていた先生とも出会い、お茶の淹れ方、お茶を使った料理、室礼、御作法、お花、そしてお店に立つ際の心構えなどを習うことができました。2年弱の東京生活はとにかく濃密な時間で、友人との別れの際には「10年くらいいた気がする」と言われた程。地元・大分では出会えなかった方々とのご縁をいただき、生きていく上での自信をもらえた気がします。ある意味、人生の社会勉強ができました。佐伯に戻り、両親に宝来家でカフェを始める話をしますが、全く理解されずに「勤めに行きなさい」と諭されるばかり。旅館を盛り上げていきたいという思いは伝わらないまま、3年が過ぎました。転機は、佐伯市のまちづくり会議にいらしていた食環境ジャーナリストの金丸弘美さんの一言でした。「家が旅館なら、わざわざ店を作らなくてもできる。昼間の客室を使って、予約制でやったら?」その言葉に動かされ、完全予約制のオーガニック料理の提供を始めることができたのです。2年が経ち、口コミでリピーターさんも増え、「もうお店はいらないな」と思い始めた頃、まち歩きボランティアガイドをしていた父が突然、「まち歩きしたお客さんがお茶が飲める場所を作る」と、使っていなかった一室を改装すると言い出しました。そうして突然、店を持つことになったのでした。初めてお客様に料理をお出しする日は、「私が人様に料理を出していいんだろうか」という不安でいっぱいでした。それでも、食材と調味料が本物であることだけを信じてお皿を運びました。オープン早々、ムッシュ河野の河野シェフが来店してくださり、「材料にこれだけのものを使えば、美味しいはずよ〜」とおっしゃってくださった言葉は今でも忘れられず、思いがけず自信をいただきました!一方で、「オーガニックカフェなんてどこも1年持たないわよ」と面と向かって言われたこともあります。実際に、食材や調味料にかかる費用は通常の3〜5倍。しかし、お値段は普通のランチ料金で出し続けました。オーガニック料理は、「量は少ないのに、高い」と言うイメージがあったからかもしれません。カフェの収入だけでは回らず、デザインの仕事も続けながら、二足の草鞋で歩んだのも、一人でも多くの人に「食べて美味しい、体が喜ぶ!」という感覚を届けたかったから。コロナがあり、物価高があり、安定にはほど遠い世の中。それでも、誰もが食べられる美味しいものを届けたいという思いは、18年経った今も変わっていません。 もっと見る

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