遠く地平線の彼方で空が茜色に染まり始めていた。
僕は、新潟県の佐渡へ旅をしていた。
夕暮れの光は、まるでソーダを注ぐときグラスへ零れ落ちる、視界めいっぱいに広がってゆく。夏風は少し湿り気を帯びていて、堤防へ座ると、ひんやりとしたアスファルトが触れる感触がやけに心地よい。
ふと、子どものころに飲んだクリームソーダを思い出していた。透明なグラスの中に閉じ込められた炭酸の泡、そこにぽとりと落とされた白いアイスクリーム。それは小さな魔法だった。
あの甘酸っぱさ、そしてアイスクリームが溶けていくにつれ広がるまろやかな甘さ。目の前に広がる夕焼けの空と海の色が溶け合う景色を見つめていると、そのグラスが頭に浮かび上がる。
茜色の空は、空想の中で新しい色を生み出していた。もし、この茜空をクリームソーダに閉じ込めることができたら...
イメージがさざ波のリズムに揺られながら心を満たしていく。
自分の心音が聴こえるほどの静けさと一定に保たれた波の音が現実の世界と空想の世界を行き来する。そうだ、空が深い藍色に染まる前に残しておこう。
いつかは消えていく。その儚さが、クリームソーダを飲んだ記憶と似ている気がした。泡沫の美しさ、そして甘さ。それは、色褪せてゆくからこそ特別なのかもしれない。
忘れたくないと思うほど、思い出は色褪せてゆくのに、それでも心に彩度だけを残してゆく。
次に訪れるとき、あの空の色を再現するクリームソーダを、自分で作ってみようかと思った。グラスの中に閉じ込められる茜空。思い出の風景とともに、それは新たな記憶として胸に刻まれるだろう。
暮れてゆき、染まってゆく。一度終わって、また始まる。
こうして、茜空のクリームソーダは生まれる。
旅する喫茶が佐渡で出張開店をする前に訪れた、思い出と共に。
海と空はどこか似ている。
もしかしたら深海の先には、また美しい空が広がっているのかもしれない。
_____深海へ至る航海日記より
tsunekawa