今回の寮祭でタテカン責を務めております、せいりゅーと申す者です。私からはタテカンについての想いを、実体験を交えながらお話させて頂きます。
おそらく、皆さんは京大のタテカンというと、受験のときに大量発生するタテカンを思い浮かべるでしょう。私も高校生の時は、京大に行ってこの目でタテカンを見たいと思っていました。受験をした際にはタテカンを現地で目にし、感銘を受けたものでした。現役の頃は浪人生いじりをしてくるタテカンに対して、斬新で面白いくらいにしか思っていませんでした。しかし、一年浪人して二度目の受験を迎え入試当日にタテカンを見たときは、とりわけ「葬送のフリーレン」のタテカンが印象に残りました。
「…浪人の一年は短いってわかっていたのに…」「…なんでもっと勉強しようと思わなかったんだろう…」
浪人している間、別に特別サボっていたという訳ではありませんでしたが、確かに心にくるものがありました。現役とは明らかに異なる感情をタテカンに抱きました。フリーレンのタテカンには心をえぐられましたが、私の背中を押してくれたタテカンもありました。それが、某有名な犯罪者のタテカンだったのです。まさか、私が小さい頃から犯罪者の顔として馴染みのあった人のタテカンに励まされるとは思いませんでした。
「上位受験生のみんなへ 逃げ切れ!」
私は上位受験生といえるほど成績優秀ではありませんでしたが、何しろ一年余分に勉強しているものですから受験経験としては現役生の上を行っている、と思いたかったのです。しかし、理系の場合、受験の決め手ともいえる一日目の数学で事件は起きました。まず手始めに、それぞれの問題の難易度を確認するため、どういう情報が使えるのか、何を求めればよいのかなどを探っていきます。そして、六問全て確認し終わった後、戦慄が走りました。完答できそうなものなどないのでは、と。京大数学は今までの傾向からすると、六問中四、五問は正解しないと後が厳しくなります。それなのに、今年は一完すら危ういかもしれない。試験中に、あのフリーレンのタテカンの言葉と、「二浪」という文字が頭に浮かびました。あんなに勉強したのに、ここで終わりなのか?もっと勉強しなくちゃいけなかったのか?少しだけ取った休憩さえも後悔の種となり、さらに私の心をかき乱していきます。でも、今はやるしかない。こんなところで終わってたまるか。一年間の浪人生活で養った粘り強さが、ここでふつふつと湧き上がってきました。それと同時に、某犯罪者のタテカンが脳裏に浮かびました。絶対に逃げ切ってやる。そして、合格してやる、と。
二次試験があった二日間は生きた心地がしませんでした。受験は私にとって非常に貴重な経験となりましたが、あんな重圧は人生に一度で十分です。もちろん、合格した今だから言えることですが。
京大のタテカンは私の受験に大きく影響を与えました。私もタテカンを描きたい。そして、受験生を支えたい。(決して煽ったり不安に駆らせたりしたい、という思いはない。今は)そんな思いが私の中に湧きました。私が熊野寮に入寮した理由の一つが、このタテカンでもあります。そして、憧れだったタテカンをようやく自分の手で作るときが来たのです。喜び以外のなにものでもありません。
最後にタテカンの活動報告をさせて頂きます。現在下描きが終わり、色塗り作業に移ろうとしています。少しずつ作業が進んでいく度に、私のタテカンへの愛着も深まっていくように感じます。それに、受験とはまた一味違うタテカンを描いている高揚感も感じています。完成が本当に待ち遠しいです。熊野寮祭当日は、私たちが丹精込めて作り上げたタテカンをどうぞご覧下さい。
タテカンよ、永遠に…。