
神戸と真珠:日本の輝きを世界へ広げた物語
神戸は実は真珠とも深い縁があります。真珠は「海の宝石」とも呼ばれ、日本を象徴する工芸品のひとつですが、その世界的な評価を高める上で神戸が果たした役割は、実はとても大きいのです。
真珠養殖の誕生と広がり
日本での真珠の歴史を振り返ると、その始まりは1893年、御木本幸吉(ミキモトの創始者)が三重県の英虞湾で真円真珠の養殖に成功したことにさかのぼります。この革新的な技術は日本の真珠産業を一変させ、世界中に日本の真珠が知られるきっかけとなりました。
しかし、真珠を世界市場に送り出すためには、品質管理、輸送、そして国際的な取引の拠点が必要でした。そこで重要な役割を果たしたのが神戸です。
神戸港と真珠貿易
明治時代、神戸港は日本の主要な国際貿易港として発展しました。その地理的な利点とインフラ整備により、真珠の輸出拠点としても最適な場所となりました。神戸港から出荷された真珠は、欧米やアジア諸国へと届けられ、日本産真珠の名声を高めるのに大きく貢献しました。
特に、1910年代から1930年代にかけて、神戸は世界中の真珠商人が集まる国際的なハブとして繁栄しました。神戸に拠点を構える真珠商社は、真珠の選別や加工、輸出業務を担い、その名は世界中の宝石市場で知られるようになりました。
六甲山がもたらす自然光
神戸は山と海の間に広がる細長い地形が特徴で、この特別な地形が真珠の加工に適していました。真珠は光の当たり方で色が変わるため、安定した自然の光で選ぶことが大切です。北にある六甲山から反射する柔らかな太陽の光が、真珠を丁寧に加工するための環境を作りだします。このため、六甲山のふもとに位置する北野町には、通称「パールストリート」と呼ばれる通りがあり、多くの真珠関連業者が集まっています。
神戸は、日本の真珠が世界に羽ばたくための重要な拠点です。旧居留地にある日本の真珠産業の拠点「日本真珠会館」は老朽化のため、建て替えが進められています。2026年にオープンの新しいビルには「神戸パールミュージアム」が入るようですよ。楽しみですね!




