五所川原のねぷたの命は短い。でもこの光はずっと。〜ねぷたの灯りをあなたへ〜

青森県・五所川原市の立ちねぷた祭りで使われた廃紙(和紙)を再利用し、職人の技で唯一無二のランプを作りました。ねぷたの美しさを日常に取り入れ、伝統を未来へつなげるプロジェクトです。あなただけの特別な灯りとともに、五所川原の魂を感じてみませんか?

現在の支援総額

549,000

54%

目標金額は1,000,000円

支援者数

14

募集終了まで残り

終了

このプロジェクトは、2025/06/05に募集を開始し、 14人の支援により 549,000円の資金を集め、 2025/08/21に募集を終了しました

五所川原のねぷたの命は短い。でもこの光はずっと。〜ねぷたの灯りをあなたへ〜

現在の支援総額

549,000

54%達成

終了

目標金額1,000,000

支援者数14

このプロジェクトは、2025/06/05に募集を開始し、 14人の支援により 549,000円の資金を集め、 2025/08/21に募集を終了しました

青森県・五所川原市の立ちねぷた祭りで使われた廃紙(和紙)を再利用し、職人の技で唯一無二のランプを作りました。ねぷたの美しさを日常に取り入れ、伝統を未来へつなげるプロジェクトです。あなただけの特別な灯りとともに、五所川原の魂を感じてみませんか?

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こんにちは(^^♪


本日は

立佞武多の歴史について

紹介していきます(=゚ω゚)ノ


1993年に一枚の写真が見つかりました。

そこに写っていたものは、明治40年代(1910年頃)に作られた超大型のねぷたでした。

高さは15間で(約27メートル)、7階建てのビルに相当する高さです(*ノωノ)


当時、五所川原市には「布嘉(ぬのか)」と呼ばれる青森県一の豪商がおりました。

一代で巨万の富を築き、貴族院議員まで務めた佐々木嘉太郎氏。

その邸宅は布嘉御殿と呼ばれ、

太宰治の生家である斜陽館と同じ棟梁、堀江佐吉氏によって建てられました(=゚ω゚)ノ


布嘉御殿は明治29年(1896年)、斜陽館は明治40年(1907年)に完成しましたが

佐々木氏が斜陽館を見た時に「なんだ、小さいな」と言ったとか言わないとか(; ・`д・´)


そんな布嘉に代表される豪商や地主が競い合い、ねぷたは大型化していきました。


しかしながら、

街の近代化により電線が張り巡らされ、ねぷたは縮小せざるを得なくなってしまいました(/_;)


また、五所川原市では戦後に2度の大火があり、

街が全焼したことで写真や設計図が失われてしまいました。

こうして超大型ねぷたは姿を消し、人々の記憶からも消えていったのです(*´Д`)


今では見ることができないほど超大型のねぷたを80年前の人達が作っていた。

その姿を見た市民有志達は復元させることを決めました!(^^)!


写真だけではなく設計図も一緒に見つかっていたのです。

そして1996年、岩木川の河川敷に高さ約20メートル、重さ約7トンの超大型ねぷたが作られ

「立佞武多」と命名されました( *´艸`)


今では、立佞武多の館を中心にした街づくりが行われるようになりました。

かつて、電線のために縮小を余儀なくされた立佞武多でしたが、

現代では立佞武多のために電線を地中化し、スムーズな運行ができるようになりました(*'ω'*)


また、SNSでも「プラデコ」新プロジェクトの動向も随時ご報告していきたいと思っております。

ご興味を持ってくださった方は是非、フォローいただけると幸いです(^^♪


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今後も、活動報告等を日々更新していきますので応援の程、よろしくお願いいたします(^^♪


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