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今日は、この本の冒頭にある「はじめに」の一部を公開いたします。
「はじめに」は竹原先生の黒板講義に対する思いや経緯をまとめていただきました。
とはいえ一部ですので、全部読みたい人はぜひご支援を!!
どうぞよろしくお願いいたします。
以下、「はじめに」の1ページ目の文章です。
黒板講義のスタートは、わたしが大阪市立大学(現・大阪公立大学)の教授として着任するよりも前、同大学の高座先生が担当されていた授業に非常勤講師として携わっていたころにさかのぼる。わたしは富樫先生が講義であつかう建築の図面を黒板に描いていた。富樫先生は、とにかく実際に建築を訪れて見ることが重要だといい、教室での講義はその準備でもあった。
その以前から、富樫先生や安藤忠雄さんと一緒に、建築を見るための旅によく出かけていた。なかても安藤さんのすごいところは、建築のどこを見るかを見極める、目の力にある。そしてわからないことがあれば、とことんその歴史を調べあげる。それは、建築に対してどのように向きあうかという姿勢にほかならない。そしてその姿勢を学生に教える必要があるので、実際に建築を訪れる前の準備として、その建築の図面を読み解く講義をしていたのだった。その講義を経て、富樫先生から君は常勤として大学で学生に教える必要があるとおっしゃっていただき、教授として2000年より着任することになる。そしてわたしの黒板講義がはじまったのだった。
建築を訪れる準備としての講義とはいえ、そのための準備も必要になる。だから朝の1限目から2コマの講義としてもらい、さらにその2時間前に教室に入り、黒板に図面を描いた。あるとき学生に、これはいつ描いたのかと聞かれ、みんなが電車に乗ってここへ向かっているあいだに描いていると答えると、一部の学生は早く来て、黒板をノートに写すようになった。当初は、富樫先生とわたしの授業のように、安藤さんの弟子でもある貴志雅樹さんを非常勤講師として呼び、黒板に描いた建築について議論する時間もあった。
その後、大阪市立大学に小池志保子先生が着任したことは、黒板講義に大きな変化を与えた。当時、講義やゼミを実施するなかで、学生も増え、助手がいないと運営がむずかしくなった。そこで教員を公募し、来てくれたのが小池先生だった。
…(2ページ目へ続く)




