
私の師匠は、人の「豊かさ」は、「余剰」を「与えた時」に初めて確定すると説いています。余剰とはお金でも労働力でも能力でもその他のものでも何でも良いので、自分の人生にはこれ以上必要のないもの。それを必要な人に無償で「与える」行為を行った際に、与えた人の「豊かさ」が確定します。お金で例えると、その人がお金をいくら稼いでも、いくら貯金しても、いくらキャピタルゲインがあっても、その時点では豊かさは確定しません。その人が「足るを知り」、自分の中での余剰を切り分け、必要な人に与えた際に、豊かさが初めて確定すると言う事です。
前置きが長くなりましたが、この余剰を与える・貰うと言う行為を、幼少期から体験して身体知として体得することは、こどもの将来の幸せや豊かさにとても大きな影響を与えるのではないかと考えています。そして、みよたの広場ではそんな行為が日常的に行われています。地元の方々の廃材を使って橋を作る、自分の労働力を使って薪を割る、全てが何らかの余剰を与えています。そしてこどもたちが普通の生活としてそれを体験している。そのような実践の場をこれまで苦労して作り上げてこられた運営メンバーには尊敬しかありません。
そして、来年度以降フェロー制度を作り、我々までにも余剰を与える機会を今回作ってくださって、本当に感謝します。応援しています、ぜひ、みよたの広場を末長く継続していってください。
山﨑元(森のようちえん理事)





