
【活動報告28日目】
一昨日の活動報告では、班長失格の話ばかりしてしまったので、今日は少しだけ一昨日と昨日の振り返りを。
一昨日:日野とのご縁がいくつも
一昨日は、出身地・東京都日野市とのご縁をたくさん感じた一日でした。
まず、叔母が訪ねてきてくれました。東京ではなく長野で会えたのは、お店をこの地で再スタートさせたからこそのご縁かもしれません。叔母の娘、つまり私の従姉妹はグルテンフリー生活を送っていて、健康に気を使っているそうで、お土産にとたくさん商品を買ってくれました。次は従姉妹と一緒に来てくれるそうで、こちらも約5年ぶりの再会になりそうです。気長に待ちたいと思います。
また、知る人ぞ知る私の母校・日野市立大坂上中学校の隣にあった都立日野台高校の先輩が、「クラウドファンディングを応援したよ」とお店に来てくれました!その方も10年ほど前に佐久地域に移住されたそうで、これはクラファンがつないでくれたご縁だなぁと感じています。
昨日:冷凍庫のバトンタッチと田んぼ仕事
昨日は朝から、「凍み豆腐づくり」をやめて使わなくなった冷凍庫を、佐久の肉まんおじさん宅に届けに行きました!
長らく美味しい凍み豆腐を保管していた冷凍庫が、これからは美味しい肉まんを保管することに!捨てられずに第二の人生(?)を歩めることになって、冷凍庫もきっと喜んでいることでしょう。
その「肉まんおじさん」ことグランチーノさんは、市内外のイベントに多数出店している有名店。ぜひ、肉まん食べてみてください。
https://www.instagram.com/granchino.asashina/
その後は朝8時から田んぼの手伝いへ。2ヶ月近くほぼ休み無しで田んぼ仕事を続けている人たちの前ではとても言えないのですが…、断続的に続く肉体労働の疲れが、そろそろ出てきました!
でも、この疲労を乗り越えれば、きっと肉体がパワーアップしているはず…。
「60歳を過ぎても凍み豆腐を作りたい」
田んぼ仕事の頻度を増やした理由のひとつは、お米をケケケ商店で販売したいという想いもありますが、もう一つの理由は、「60歳を過ぎても凍み豆腐を作りたい」という目標があるからです。
30代後半に入り、少しずつ肉体の衰えを感じるようになってきた中で、今の70代・80代の方たちの体力やタフさに圧倒されることがあります。
戦中・戦後を生き抜き、農作業や凍み豆腐づくりに人生を捧げてきた世代の方たちは、本当にすごい。でも、そんな方々と比べても、同じようにはなれないと実感しています。事務仕事や接客だけを続けていたら、50歳を前にして凍み豆腐作りが体力的にできなくなるかもしれない——そんな危機感もあります。
「ずくなし」な自分なりの健康法
とはいえ、「ずくなし」(=長野弁で“根気がない”・“活力がない”)な私は、ジムに通う元気はありません(笑)
だからこそ、稼ぎながら体を動かせる農作業に、これからも積極的に関わっていきたいと思っています。
幸いなことに、周囲には農作業の手を求めている方がたくさんいます。30代後半の今は、その方たちの力になりつつ、未来の体づくりをしていく期間として過ごしていきます。






