
水害前も水害後も、人吉から八代まで、ロードバイクで球磨川沿いを走りました。
川に沿って続く道は、まるで時の流れをたどるようで、心が静まる旅でした。
道中、対岸に見える国道219号線との間を、球磨川がゆるやかに蛇行しながら流れていきます。水面は陽光を受けてきらきらと輝き、まるで時間そのものが穏やかに佇んでいるような錯覚に陥りました。
ふと、サン=テグジュペリの小説『星の王子さま』に出てくる一節が心に浮かびました。
「大切なものは目に見えないんだ。」
この言葉が、目の前の風景と深く重なったのです。
現代において「観光」という言葉は、どこか魔物のようなものに感じられることがあります。
それは本来、美しい土地や人々の営みを見つめ直す機会であるはずなのに、しばしばその地の本質を歪めてしまう側面も持ち合わせています。
日本中の多くの田舎町が、その「観光」という魔物を手なずけようとしてきました。しかし、ほんとうにそれをうまく使いこなせた場所はごくわずかです。多くはその力に呑まれ、土地本来の魅力を見失ってしまうのです。
球磨川の静かな流れを見ながら、私は考えました。本当に大切なのは、豪華な施設や派手なイベントではなく、日々の暮らしの中に息づく人々の優しさや、風土に根ざした文化、そして、こうして一人で川沿いを走りながら感じる「何か」のような、目には見えない価値なのだと。
だからこそ、急がず、飾らず、その土地のリズムで生きること。
それこそが、本当の意味での旅であり、ほんとうの「出会い」なのかもしれません。
そして、そんな旅の途中で出会う風景や感情は、いつまでも心の中で静かに輝き続けるのです。




