メールインタビューvol.10は、天文学普及プロジェクト「天プラ」の内藤誠一郎さんにお聞きしました!!
邂逅
我々の天文学普及プロジェクトが東京演劇アンサンブルと出会ったのは、2006年の『ガリレイの生涯』でした。近代天文学の祖であるガリレオ・ガリレイの評伝を題に、科学者の倫理や社会との関係性を描いた戯曲を、現在の天文学に関わる人間にも見てほしい、というご紹介をいただいたのだったと思います。
実際的な成果応用の要求とは少し離れたかなり純粋な―あるいは無邪気な―基礎科学分野の学生であり、社会的課題とのコンフリクトを意識することが比較的少ない我々にとって、人文的な問題意識に根ざしていた科学というものを改めて自覚するのは、貴重な啓発の機会だったと思います。
一方で、好奇心、新しい知への欲求が強く鋭い劇団員の皆さんは常に様々な知識をくみ取り視点を見出すことに意欲的で、それは天文学や物理学から見る宇宙像についてもまた例外でないらしく、対話の中で引き出された我々の拙い言葉や表現の中からも、我々が無意識に立脚している視点を見出しているのでしょう。
それぞれの劇団員の内側に浸透し、天文学の枠を軽々と飛び越えて自由に再構築されていく宇宙観、そして我々の姿もまた小さな試料としてますます砥がれる科学批評の視線は、舞台づくりを通して彼らから放射される世界への眼差しにもきっと忍び入り、また誰かが受け取っていくわけです。それは、科学を「正確に伝える」ことを求められる科学コミュニケーションとは全くの別のあり方として、現代の科学を文化に織り込んでいく方法論なのかもしれません。
『ガリレイの生涯』(1970年初演~ 作:ベルトルト・ブレヒト 訳:千田是也/浅野利昭 演出:広渡常敏 撮影:高岩震)
協創
この時、立場が違い、世界への視点が違う人々の間で邂逅と対話が生まれる「ブレヒトの芝居小屋」という空間に踏み入ったことは、アカデミアで研究をしている側から社会との対話を考える我々の天文学普及活動にとっても、インパクトのある出会いでした。東京演劇アンサンブルの皆さんとは、その後コラボレーションでイベントを作るところまで発展しました。
2011年、「ブレヒト・カフェ vol.4 星を辿る銀河鉄道の夜」を開催。東京演劇アンサンブルの重要なレパートリーである『銀河鉄道の夜』の合唱と宇宙映像を重ねながら天文学的な解説で天の川銀河を旅し、若手研究者とフランクなトークセッションを楽しむ企画でした。
2013年には、「一家に1枚 宇宙図2013」という科学ポスターの制作記念イベントを開催。宇宙の138億年の進化の中で誕生した人類が、宇宙の時間と空間の広がりをどのように理解しているのか、全体像を一枚にまとめようという野心的なポスターを題材に、哲学者・美術家・建築家・天文学者という異色の組み合わせで進められたパネルディスカッションで、天文学の視界から様々な領域に越境して、どのように世界を再構築できるか討論する刺激的なイベントでした。その会場に我々が望んだのは、会議室でも舞台と客席を隔てた普通の劇場でもない、一体的空間の包容力と濃密性、そして我々が体験した異分野交錯の現場である、ブレヒトの芝居小屋でした。
これらの特殊な企画を実現できたのも、新しい視点の吸収に前のめりで、新奇な時空間の創出に挑戦的で、そしてそれを自ら構築できるスキルを携えた東京演劇アンサンブルの皆さんの根拠地であったからこそです。
ブレヒトカフェvo.4 東京演劇アンサンブル×天プラ『星を巡る銀河鉄道の夜』
準備の様子
継承
関係が深まって以来、東京演劇アンサンブ恒例のクリスマス公演『銀河鉄道の夜』のアフターイベントとして天体観望会を催しています。幻想的世界に自身の信仰的、人生的思念を刻み付けた宮沢賢治は、当時の地方では一級の知識人として、自然科学への深い憧憬と理解を持ち、作品の背景にも織り込んでいきました。今、その作品に出会う人が、ただ内側にそれを受け止めるだけでなく、彼と同じように外側に広がっている宇宙の中に自分を位置づける、小さな機会であり得るとするならば、東京演劇アンサンブルの新しい拠点も、同じように誰かが宇宙と、そして豊かな世界知と邂逅する場所でありますように。
『銀河鉄道の夜』(2018年12月22日~26日@ブレヒトの芝居小屋 作:宮澤賢治 脚本・演出:広渡常敏 音楽:林光 撮影:松浦範子)