福祉×アート|軽井沢発アートブランドSuu to.は、やさしさの循環をつくりたい

社会との間に障害があるクリエイターが、芸術の専門家や福祉専門職員と共に作品を生み出すアートブランド「Suu to.」。軽井沢のアトリエを拠点に、障害や制約により社会から遠ざかってしまった才能に光を当て、より豊かで、より自律した福祉事業の実現を目指します。

現在の支援総額

1,884,000

31%

目標金額は6,000,000円

支援者数

120

募集終了まで残り

終了

このプロジェクトは、2025/06/25に募集を開始し、 120人の支援により 1,884,000円の資金を集め、 2025/07/31に募集を終了しました

福祉×アート|軽井沢発アートブランドSuu to.は、やさしさの循環をつくりたい

現在の支援総額

1,884,000

31%達成

終了

目標金額6,000,000

支援者数120

このプロジェクトは、2025/06/25に募集を開始し、 120人の支援により 1,884,000円の資金を集め、 2025/07/31に募集を終了しました

社会との間に障害があるクリエイターが、芸術の専門家や福祉専門職員と共に作品を生み出すアートブランド「Suu to.」。軽井沢のアトリエを拠点に、障害や制約により社会から遠ざかってしまった才能に光を当て、より豊かで、より自律した福祉事業の実現を目指します。

社会課題の解決をみんなで支え合う新しいクラファン

集まった支援金は100%受け取ることができます

このプロジェクトを見た人はこちらもチェックしています

Suu to.とは、アートブランドで、社会との間に障害があるクリエイターの才能を引き出し、世の中に、社会への信頼と失われがちな優しさの空白を埋める作品や体験を届け、クリエイターの自立支援・クリエイティブな就労機会創出を補助金(認可事業)に頼らず、ビジネスとして生み出す。でもなぜか、Suu to.には「子ども」たちがよく登場してきます。それは全て「ここ」まで救えて初めて、このプロジェクトは成功と言えるからです。

Suu to.はどこまで見据えているのか。私のことも改めてご紹介しながら、少し脱線もしながら、お伝えさせてください。


【自分と日本と未来】

現在、9歳の長男と6歳の長女と京都出身の妻と、尻に敷かれている私の4人家族で、毎日慌ただしくも、支え合いながら、何気ない日常を過ごしています。そんな私ですが、元々は大企業に勤め、それなりに順調なサラリーマン人生を歩み、海外駐在を終えた30代前半に、2009年のリーマンショック最中の就活時に辿り着いた、人生のテーマ「世の中を物質的や利便性の追求ではなく、精神的に豊かにしたい」への想いを捨てきれず、家族を説得して脱サラし、0→1とビジネスのエッジ(最先端)に身を置き、視野を広げ、視座を高め、起業のためのスキルを磨きたい!というもっともらしいステップのため、IT系スタートアップやソーシャルベンチャーというカッコいい響きの会社と若い人の中での仕事を経験し、今ここにいます。(このあいだ3年間も色々ありましたが、これは機会があればまたお話できたらと...あまりカッコいいものではありせん。でも得たいものは得られました)

起業に向けて歩んで行く中で、そもそも精神的に世の中を豊かにしたい、誰を?いわゆるターゲットは?を考えたときに、日本の未来と子どもが私の中で大きなキーワードでした。少し端折りながらになりますが、人生の半分を海外で過ごしてきた自分は、とても日本に憧れがありました。儚くも抒情的な精神を持ちながらも気高く、四季折々の花鳥風月に心と耳を澄ませ、誰かを想い、強く生きようとする。そう、とてもCoolだったのです!そんな日本の気品あるCoolなアイデンティティーを持ちたいという想いで、小・中は日本と海外を行き来しながら野球を、高校と大学の部活は少林寺拳法部を選び(少林寺拳法は中国ではなく、日本の武道です。笑)、特に高校と大学時代はほとんど勉強せず、部活に打ちみました。自慢になりますが、全日本学生大会で全国一位や賞をいくつかとったり、高校・大学の小泉信三体育賞という名誉ある賞も何度か受賞し、今思えば、あそこまで打ち込めたのも、日本人になりたいという強い想いとコンプレックスが根っこにあったからかと思います。監督の愛ある指導と追い込みを乗り越えてこその日本人だ!サムライだ!武士道だ!と。笑(ちなみに当時の監督は私の恩師です)

そんな憧れやコンプレックスが無くなりつつある中、周りを俯瞰して見えるようになってきたころ、日本のどこか息苦しく、暗い側面も目の当たりにして、この違和感はなんだろうとも同時に考え始めました。外から見たらキラキラしてみえる世界も、中にいる私たちは毎日何かに追われ、常に過去と生きている感じ。若い世代の精神疾患や自殺率は上がる一方。単純な比較はできないのですが、ここに日本と外の圧倒的な差を感じたのです。それは「まだここにはない何か」が「ある」ということ。未来や創造や意思、こうなりたい、あれつくりたい、これやりたい、のような先の世界が日常の会話にでてこないのです。それはずっと未来の話ではなく、今の先でいいのです。むしろそれを話すのはタブーにすら感じてしまう。私は知っています。それは「ある」し、願い・行うことは善であり、最良であることを。そしてそれは周りを勇気づけることを。恐らく昔の日本にはあったはずなのです。文武両道、知行合一、諸行無常は、変わりゆく世の中を前提に、考えるだけでなく、身体的に前に進み、変化し、この美しい理を創ることの尊さと生き甲斐が。


【取り戻すと守る】

仮に(少なくとも私は確信しています)、この今ないものを信じきる、楽観的で、肯定的になる力が、日本人の「精神的な豊かさ」を取り戻すうえで必要だとして、その方法論は、「自然」との関わりを取り戻すということ、その最たるが子どもであり、子育てだということに行き着きました。解剖学者の養老孟子先生の「子どもは自然」は、子育てや児童福祉の現場を経験していく中で、まさにで、本当に予測不能な自然そのものです。あーすればこーなるの理屈とは真逆の世界で、日本でガチガチに武装され過ぎている大人にとって、魂がいくらあっても足りないくらい、ともぞうばりに抜けまくるのです。何もかもが上手くいかない。こんなに身を粉にしてやってるのに何でわかってくれないの、もう言葉も出なくなり、涙がぽろり。次の日には子どものケロッとした笑顔でリセット、また同じことの繰り返し。ここまでくると、もう何とかなると信じて、身を委ねる、諦めではなく、つまりは子どもの境地にいってみる。どーでもいい、開き直って、ぐしゃーべしゃー!と子どもと同じ世界に入ってしまう。そうすると不思議と上手くいき始めるのです。ここでいう上手くいくというのは、言うことをきく、であったり、出来ないことが出来るようになる、というよりは、なんとなく噛み合うようになり、お互いに笑顔が増えて、歯車が回るのです(結果的にリクエストを聞いてもらえる)。このときに私の場合、あっ、人間に戻った、子どもに戻してもらったという、人間性(ヒューマニティー)への回帰を体感します。「精神的な豊かさを取り戻した」といえ、子どもが元々備わっているそういった力も同時に守ることができたといえるかもしれません。

「そんなことは頭では理解できている。子どもの主体性を育み、伸び伸びと元気に、穏やかに関わり合いたい。 でも現実はそんな余裕がない。 したくてもできない。」

そうなのです。これを実践することは非常に大変で、これはママやパパ、また福祉の現場で働く保育士さんや指導員、セラピストの方、学校だと先生にしっかりとした心と体力、物理的な余裕がないと、自然体でいられず、自分を押し殺す=自己否定が続き、逆に大人が先に折れてしまうことにもなりかねない。いくら子どもが好きで、素養を兼ね備えていたとしても、安全管理と指導を大義名分に、子どもを大人都合で管理するという、妥協をせざるを得なくなる。

なので、今しなければいけないのは、子どもを守ると同時に、子どもと関わる大人も同時に支えるということ。どうやって?それがSuu to.のやさしさの循環であり、実はここまで繋がることを目指しております。続きはまた。

ーーーーーー

すみません、ついつい熱くなり、強い言葉を使ってしまったかもしれません。でも折角応援・ご支援いただく皆さんには正直でありたいと。カッコいい言葉でなく、現実を。これがクラファンの真意である共感ベースのプロジェクト化を目指すために、自分の言葉でここまで書かせていただきました。支援締め切りまでに「Suu to.はどこまで見据えているのか?」をあと2テーマ発信していきたいと考えております。考えているトピックはこちら。

【軽井沢とアート→児童福祉の現実】

【やさしさの循環 Suu to.へ】

それでは、引き続きSuu to.  クラウドファンディングの応援よろしくお願いいたします!!


note 佐藤 駿




シェアしてプロジェクトをもっと応援!

新しいアイデアや挑戦を、アプリで見つけるcampfireにアプリが登場しました!
App Storeからダウンロード Google Playで手に入れよう
スマートフォンでQRコードを読み取って、アプリをダウンロード!