お陰さまで、機体引き揚げの準備を開始しました!
引き揚げ後も経費はかかるので、もう一息のご支援をお願いします!! ご支援の期限は8月29日(金)23:59まで!
*公開期限終了後のご支援方法については小会ホームページをご覧ください。
https://shidenkai-preservation-society.com/donations/
戦後80年、「幻の戦闘機」紫電改・林大尉機を引き揚げたい!
昭和20年1月に制式採用された紫電改の雄姿
ゼロ戦よりはるかに強力だった紫電改。しかし終戦間際のため400機ほどしか生産されず、日本には現在1機しか残っていません。鹿児島沖で発見された紫電改は、引き揚げが成功すると、日本では2機目となる大変貴重な戦争遺産です。
しかもその機体は、B-29編隊19機に対し、たったひとりで立ち向かった林大尉の搭乗機でした。戦闘中に同じ紫電改・清水一飛曹機が合流したのですが、共同して「B-29を1機撃墜」と報告した直後に音信が途絶え、ともに戦死されたようです。清水機は今も発見されていません。
全国のメディアが注目する「市民による引き揚げ活動」!
機体が放置されていることを私たちが知ったのが一昨年の4月、昨年4月に砂に覆われた機体の存在を確認し、今年には引き揚げのための現地調査を行いました。その結果、両翼の存在と機銃が確認され、NHKを始め、全国メディア等で広く報道されました。国民的関心も高く、引き揚げの環境は整いつつあると考えています。
https://www3.nhk.or.jp/lnews/kagoshima/20250419/5050030437.html
そのほか、各種検索エンジンで「紫電改」、「林大尉」などとキーワード検索すれば、関連する新聞記事、テレビ放送などを見ることができます。(以下、一部のみ掲載)
https://www.youtube.com/watch?v=JYIvbu2sArQ
https://www.youtube.com/watch?v=3TtJUGim5gU
「仁将」と呼ばれた男、林喜重大尉の魅力とは?
343空・戦闘407飛行隊長時代の林喜重大尉。
鹿児島沖に沈む紫電改の搭乗者。
この機体に搭乗していたのは林喜重海軍大尉(戦死後少佐に昇進)。
弱冠24歳ながら人望は厚く、今でも折口海岸の慰霊碑には花が絶えないほどです。
林大尉の人柄を物語るエピソードは、応援メッセージを寄せてくださった東海大学名誉教授の太田先生の寄稿をご覧ください。
機体の引き揚げ活動は、戦後80年の節目の年に当たり、空中戦が行われた出水基地にゆかりのある地元の有志で始めました。この機体を何としても引き揚げ、かつて戦争が身近にあったことを後世に伝えていきたいとの思いからです。本来、国や県などが行うべきかと思いますが、なかなか動きが見えないので市民ボランティアとして活動を行っています。全国の皆さんのご支援を心からお願いします。
私たちが始めた活動のご紹介
私たちの活動は、鹿児島県出水市内の一般市民を中心に、昨年の4月に「紫電改・林大尉機を引き揚げる会」を立ち上げ、市民団体としてスタートしました。今年2月には、「北薩の戦争遺産を後世に残す会」という名称で特定非営利活動法人として認定されました。現在約10名のメンバーで、機体の引き揚げに向けて様々な活動を行っています。
2025年4月16日、出水市特攻碑慰霊祭にて。銀河特攻で戦死された遺族の方(ご令弟)に、出水基地での銀河部隊の活動について本会が調査した結果を説明しました。 2025年4月16日の午後には、戦没者ご遺族や出水市議会議員、阿久根市議会議員の皆さんたちとともに、出水上空で戦死された戦闘機搭乗員の慰霊碑など戦跡を訪ねました。戦後80年間、海中に放置されてきた紫電改を貴重な戦争遺産として丁寧に引き揚げ、戦争を知らない世代や後々まで戦争があったことを示す物的証拠(雄弁な語り部)として、大切に伝えていきたいと思います。
特攻碑慰霊祭のあった4月16日の午後には、小会主催で出水上空で戦死された海軍将兵の慰霊ツアー実施しました。
同じく4月21日の林大尉の命日には、本会主催で戦没80年の慰霊祭をしめやかに執り行いました。林大尉の学校(旧制中学)の後輩にあたる太田東海大名誉教授が藤沢から駆け付けられたほか、福岡や長崎をはじめ各地から海軍第343航空隊のご遺族、関係者などがおいでになり、約30名が参列されました。
慰霊祭関連のニュース番組
https://www.youtube.com/watch?v=pa8dKQoMp8k
https://www.youtube.com/watch?v=MdVqdYClMBs&t=40s
「リターン(お礼)とは歴史との出会いをご提供すること」
ーこれが私たちの考える感謝の形。
戦争遺産の保全を目的とした活動のため、リターンとしては一般的な財・サービスのご提供は考えておりません。ご支援いただいた方々には活動内容をよくご理解いただけるように、ネットを駆使して情報提供に努めるほか、全員一律というわけではありませんが、今回撮影した水中写真のご提供やそれらを素材としたコンパクトな写真集をご提供させていただきます。また、この機体の搭乗者であった林喜重大尉の足跡を紹介する報告書も本プロジェクトならではの返礼品としてご提供させていただきます(ご支援の規模によりお礼の内容は異なります。予めご了承ください)。
なお人数に限りはありますが、ご希望の日程での慰霊碑へのご案内、また引揚げ時には歴史的な体験ともいえる現地での立ち会い見学もご提供の予定です。(注:立ち合い見学は、引き揚げ実施の場合に限ります)
2025年4月18日、快晴。朝9時、学術調査チームによる水中調査が始まった。
コバルトブルーに輝く海を見つめながら、機体発見の知らせを待つ本会スタッフと報道陣。
今後のスケジュール
25年2月 NPO法人格の取得
25年4月 水中考古学チームによる現地調査の実施
25年7~8月 機体の引き揚げ、脱塩処理、防錆処理に向けてのクラウドファンディング
25年11月 機体引揚げ作業、脱塩処理の開始(天候、海上条件による)
26年 機体の修復・展示に向けてのクラウドファンディングの実施
27年 以降未定(ex.記念館建設に向けての諸活動)
*機体引揚げが無事に終了した場合、脱塩および防錆処理の作業を出水市内の適切な遊休地で実施する方向 で調整中です。また展示施設についても用地取得に向けて調査活動を始めたところです。今後の最大の課題は、記念館の建設費およびその維持費と認識しています。県や市などとの連携を模索するほか、低コストでの建設および維持・運営を目指しています。今後とも全国の皆さまのご支援、ご協力を賜りたく、よろしくお願い申し上げます。
いま、一番お伝えしたいこと!
日本人の歴史を大きく変えた太平洋戦争の真実の姿を、日本に残る2機目の紫電改の機体を通して感じ、そして考えていただきたい。そのための貴重な戦争遺産として大切の保全していきたいと考えています。

旧海軍出水基地メモリアルパーク(仮称)構想
本会では、林大尉ら戦闘407飛行隊の初期訓練の地である海軍出水基地跡(特攻碑公園)付近で、林大尉が最後まで搭乗・奮戦した紫電改を展示したいと考えています。
海軍出水基地は昭和19年秋以降、銀河部隊の壮絶な特攻が行われた最前線基地のひとつでした。この事実を後世に伝えるとともに、紫電改・林大尉機を展示の核としたユニークなメモリアルパークの整備を推進していきたいと考えています。
今後とも全国の有志の皆様のご支援を仰ぎながら、着実に実現の道を探りたいと考えています。
全国からいただいた応援メッセージ➀
「林喜重大尉の偉大な統率力と同機の優秀性、優れた日本の技術力をぜひ後生に伝えたい!」 東海大学名誉教授 太田尚樹(神奈川県在住)

私は藤沢市にある湘南高校(戦前は県立湘南中学)で林大尉の後輩に当たります。21歳も年下ですが、同じ校舎で学び、同じ校歌を歌い、同じグランドで汗を流しました。
あるとき、林大尉の実弟の治美(はるよし)さんからこんなことを聞いたことがあります。
「兄が帰宅するとき、一度も軍服姿を見たことがなかったので訳を尋ねてみると、自分より年上で階級が下の方が奧さんや子供さんを連れて歩いているのに出会った場合、挙手の敬礼は相手の方が先にするものなんだ。そうすると奧さんや子供さんはどう思うか。それを考えると気の毒じゃないか」
その話を聞いたとき、私は「この人のやさしさは本物だ」と思いました。
「上からは信頼され、下からは慕われた仁の人」と書かれている本を見かけます。
そんな林大尉と運命を共にした紫電改が長い眠りから覚め、阿久根の浜から引揚げられたらぜひ対面し、大尉の偉大な統率力と同機の優秀性、優れた日本の技術力をぜひ後生に伝えたいものです。
(注)太田名誉教授には今年4月21日、林大尉(戦死後少佐)の慰霊祭においでいただき、祭文奏上をお願いしました(写真)。
全国からいただいた応援メッセージセージ➁
「407飛行隊員だった亡き父の遺志を継いで、引き揚げの時には夫婦で現地にいきたい!」 木下直人・孝子ご夫妻(長野県在住)
昭和54年に引き揚げられた日本に唯一現存する紫電改。愛媛県愛南町・紫電改展示館にて。
私の家内は407飛行隊の大澤重久の長女です。義父は大正15年の生まれで隊内では最も若く、飛行隊長その他の皆さんからも守っていただいたそうです。生き残ることができたのは戦死された隊員の皆様のおかげだと生前申していました。紫電改引き上げの際はぜひご一報ください。可能な限り、引き揚げ当日に立ち会わせていただきたいと思っています。
お会いできたならば、家内と私の思い出はなし等を聞いていただければと思っています。皆様の活動は本当の供養になると思っていますし、尊敬の意味を込めて感謝しております。お会いできる日を楽しみにして旅行計画を立ててみます。引き揚げの成功を祈念しております。もっとも資金的にも不十分でしょうから、クラウドファンディングの際には協力させていただく所存です。
全国からいただいた応援メッセージ③
「夫の兄、大庭良夫中尉が林喜重さんと同期で、しかもラバウルで一緒に戦っていたことを初めて知りました。紫電改が陸に在って永遠でありますように!」 上村淳子(東京都在住)
大庭中尉の遺影(右側)を掲げる上村さんのご主人(故人)。撮影は昭和18年11月、ラバウル基地で。その1月後に戦死。
わたしの実父は海軍の技術大尉でした。昭和20年、サイパン島に向かう搭乗機が撃墜されて戦死しました。
当時4歳でした。戦争遺児の身、もっぱら気が強く懸命に生きてまいりました。大正生まれで大正ロマンの気風の抜けない母に、時に抵抗も致しました。
縁あって結婚した主人の兄(大庭良夫中尉)もソロモン方面で戦死したとのことでした。義兄は林さんと同じ海兵69期でしたが、大変な戦場で毎日激戦を指揮していたそうです。今回、林喜重さんも同時期に251空だったと伺い、本当に驚きました。
「69期で有名な戦闘機乗りは、大庭良夫と林喜重の二人かな」―かなり昔、同期の生き残りの方に伺ったお話です。まさかそのような方が義兄のすぐそばにおられたとは思ってもおりませんでした。いまは生き残られたみなさんも他界され、あの世でご一緒に再会を喜んでおられるのではと想像しております。
美しい海に眠る紫電改が、今後は陸に在って永遠でありますようにお祈り申し上げます。
全国からいただいた応援メッセージ(匿名の部)
自分は東京の人間ですが、義理の母が阿久根出身という縁もあり、微力ながら先人の想いに応えられればと思った次第です。引き揚げ作業はとても大変なものになると思います。焦らずに安全を期して進めてもらえるとよいかと思います。(東京 H.K.)
昨日、親と共に募金させて頂きました。343航空隊がいかに命がけで日本の空を守って下さったか、その3隊長がいずれもご人格も優れた方々で、今の日本の平和は、こういう礎となられた方々の犠牲の上に成り立っていると感謝の日々です。(大阪 T.T.)
はじめまして。私は林大尉の享年と同じ24歳です。花屋をしています。同じ歳なのにここまで志しと覚悟と生き様が違うことを反省しますし、尊敬もします。林大尉の思いや願いが浮かばれることを願っています。紫電改・林大尉機を引き揚げる会さまの活動を心より応援しております。(A.P.)
寄付金は私のような未成年でも受け付けていますか?私は戦争で曽祖父を亡くし、戦争に繋がらない平和な世を作る人間の一員として戦争の悲惨さ、平和の尊さを心から実感する為、戦争の書籍を読んできました。ちっぽけな私ではありますが何かの形で先人たちの想いを繋ぎたいと思いました。(鹿児島 H.K.)
*そのほか大勢の皆さまから応援メッセージをいただいていますが、この場を借りてお礼申し上げます。
*最後にお願いです。
ご支援の前に、私たちの基本的なスタンスをご理解ください。
「機体の自然消滅」よりも「地上での存続の可能性」に賭ける!
このプロジェクトでは、紫電改を引き揚げるために必要な資金の調達をめざしていますが、一方では、有識者の皆さんからは最終的な展示施設(着地点)までの道筋を明確に示すべきとのご指摘をいただいています。着地点が決まらないままにジャンプすれば、大けがをしかねないからです。
全く異論はないのですが、結論を言えば、わたしたちは、一刻も早く紫電改を引き揚げるという決断をしました。確かに着地点が決まらないままにジャンプすることは無謀だと思いますが、国や行政の姿勢が定まらない現状では、明確な道筋をつけるためには時間がかかりそうです。もしこれ以上海中に放置すれば、紫電改は自然に消滅してしまうでしょう。
確かに何もしないほうがリスクは少ないかもしれません。しかし、いずれ「機体は自然に消滅する」とすれば、「地上での存続の可能性」に賭けてみることも有力な選択肢ではないかと考えました。つまり、機体を引き揚げないかぎり、広く一般の人が眼にする機会は永久に閉ざされてしまうと。
したがってご支援いただく際は、このプロジェクトならではの難しい事情が少なからずあること、結果的に展示に至らないおそれもあることをご理解いただいたうえで、ご支援いただきますようお願いします。
(これまでにも引き揚げに失敗した事例はたくさんあります。このプロジェクト(引き揚げ~保存処理~常設展示)が失敗した場合、または何らかの事由でプロジェクトが中止となった場合には、支援金の残金はすべて福祉関連施設に寄付させていただきます)
最新の活動報告
もっと見るご支援いただいた皆さま、ご関心をお持ちいただいている皆さまへ
2025/09/10 06:58このたびは多くの皆さまにご支援をいただき、まことに有難うございました。また本プロジェクトにご関心を寄せていただきました皆さまにもお礼申し上げます。今回クラファンは初めてということもあり、試行錯誤の連続でしたが、おかげさまで何とか機体引き揚げに向けて活動を開始することができました。現在調整中のため公表できることは少ないのですが、簡単にご報告させていただきます。1.潜水して機体引揚げ作業を担当していただく会社、機体の引き揚げ、港湾までの移動を担当していただく会社、港湾から脱塩処理施設まで陸送してくださる会社さんにつきましては、ほぼ了解をいただきました。2.現在、潜水計画、引き揚げ後の保存処理等の実施計画を、担当いただく専門家、協力企業の皆さまと策定中です。3.関連する自治体の首長さんに面会し、今後のご協力をお願いしてきました。4.実施計画策定後、警察や海上保安庁、地元漁協などに協力をお願いする予定です。5.機体を所有する財務省に、書類が整い次第、機体引揚げの許可申請を行います。以上、現在の進捗状況についてご報告しました。今後については、財務省の許可が下り次第、今秋にも作業に着手する予定ですが、引き揚げ作業自体をいつ実施できるかは、海中の砂の状況、天候等に大きく左右されるため、現時点では不明です。冬場は作業が困難なので、来年にずれ込む可能性もあります。安全と環境への配慮(景勝地、ウミガメ産卵地)を最優先で進めたいと考えておりますので、ご理解とご協力をお願い申し上げます。なお、ご支援いただいた皆さまへの返礼品については、予定通り10月初旬には一斉にお送りできるよう準備を進めております。(以上) もっと見るご支援のお礼。本当にありがとうございました!
2025/08/30 05:20こちらの活動報告は支援者限定の公開です。お陰様で引き揚げのメドが立ちつつあります!引き続きご支援を!!
2025/08/21 17:17本プロジェクト、おかげさまで引き揚げのメドが立ちつつあります。何とか、もう一息のご支援をお願い申し上げます!以下、メディアの動きです。FNNプライムオンラインの紫電改に関するニュース映像の閲覧数が30万回を突破しました。愛媛県の紫電改の引っ越しの件とともに鹿児島県阿久根沖の紫電改引き揚げプロジェクトが紹介されています。https://www.youtube.com/watch?v=D_6QYoAW_Oc7月19日には、鹿児島県阿久根沖の紫電改引き揚げの件がNHKで放送されました。https://www3.nhk.or.jp/lnews/kagoshima/20250719/5050031755.htmlこの他、8月だけでも読売新聞、南日本新聞などで本会活動やクラファンの件が紹介されました。ただ、愛媛県の圧倒的なキャンペーンの前には、影が薄くなってしまったようです。あと8日、より多くの皆様のご支援を仰ぐべく、精一杯アピールを続けたいと思います。8月29日が期限です!引き続きご支援いただけますよう改めてお願い申し上げます。 もっと見る






コメント
もっと見る