こんにちは。uraの三浦尚子です!
今日でクラウドファンディングが始まって6日目に入りました。
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【陸前高田発】未利用わかめを活用したヘアケアを通して「仲間」を増やしたい! - CAMPFIRE (キャンプファイヤー)
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活動報告記事の第5回目は、浜の暮らしについて。
私が陸前高田に移住前からお世話になっている、マルテン水産でのことをお話しします。
マルテン水産は、私が漁業の仕事を始める「きっかけ」となったところ。
今回の記事は陸前高田に移住をした当時のこと、漁業の仕事をはじめるきっかけなどについてお話しします。
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私が陸前高田とのご縁ができたのは、2011年に起きた東日本大震災のボランティアがきっかけでした。当時大学生だった私は、所属していたゼミの活動としてはじめて陸前高田を訪れました。
「モビリア」と呼ばれるオートキャンプ場に仮設住宅がたくさん建っていて、その仮設住宅の集落の自治会長を務める漁師さんとご家族たちが「マルテン水産」を営んでいました。
学生の頃からお世話になっていて、私のゼミがモビリアに行ったり、自治会長さんが私の大学の学園祭に来ていただいて震災についての講演をしていただくなど、双方行き来があって交流をしていました。
普段は漁業の仕事をしていると聞いてましたが、当初は仮設住宅にしか行っていなかったので、海ではどんなことをしているのかはわかりませんでした。
春頃にゼミの先生経由で「わかめ作業の人手が足らない」というお話しを聞いて、2014年の4月に約1ヶ月間のわかめの収穫や出荷作業のお手伝いをすることに。
それが、私が漁業の仕事をするきっかけでした。
当時は、東日本大震災発生からまだ3年。
2014年の陸前高田は、津波浸水地を高く嵩上げするために山から切り崩した土砂を町に運ぶ、ジェットコースターのような見た目の機械が四方に走っていたり、町中をダンプや重機が行き交い、通行できる道が週替わりで次々と変わっていくような、工事現場のようなところでした。

震災から3年が過ぎても漁港内は壊れた防潮堤が未だ海中に残るなど整備工事の途中。それぞれの作業場は流されたままだったので、仮設テントでの作業。
はじめてわかめ生産の作業をお手伝いしたときは、本当に何も事前情報を持たないまま漁業の生産現場にきたので、その都度で教えていただきつつ、マルテン水産の方々の作業を見よう見まねでやっていました。
はじめて触れる漁業は、私にとって完全に未知の世界。
はじめての漁船、早朝に出航した漁船から見る朝陽、海の中を泳ぐ茶色いわかめなど、何もかもが知らないことだらけで新鮮でした。
はじめてのわかめの収穫・加工・出荷作業はどれも体を使う仕事で大変でしたが、「とにかくやらなきゃ」という必死な気持ちでやっていて、毎夜はぐっすりと寝ていました。
汗と潮水まみれになったりしていましたが、ふしぎと嫌ではないなと感じていて、もう少しどんなことをするのか知りたいなとも思いました。
わずか1ヶ月間の作業。
わかめ収穫や加工作業のお手伝いを終えてから一度神奈川に帰ったのですが、毎日見ていた海が見えないこと、みなさんと離れるのがさみしかったこと、もう少し他の作業も知りたいと感じたことなどがあり、また陸前高田へ戻ってきました。
「全力で陸前高田のために!漁業を盛り上げたい!」という大きいことよりかは、1番最初の気持ちとしては、「まずは1年。1年通してどういうことをしているのかを知りたい」という気持ちが大きかったです。
そして「お世話になっているみなさんのために何かできたら」と思いつつ、大学を卒業したばかりの当時の私にできることなんて全然なくて。
最初の1年ははじめてのひとり暮らし、はじめての陸前高田という地の気温や環境、初めての漁業の仕事、わからない土地の言葉と文化、全く同年代のいない環境など、さまざまな「はじめて」が重なりました。
また、土地柄的に車のない私はひとりでの移動も難しくて、買い物や体調不良になった際の病院など、とにかくみなさんにご迷惑をおかけしているなという、何もできない私自身への無力感も感じていました。(とはいえ、ものすごくありがたかったです。)
そういったことを感じる中、私が陸前高田で過ごすようになった数ヶ月後、お世話になっているご家族の大黒柱のお母さんが病気で亡くなってしまい、「仕事面で何か力になれないか」とあらためて感じたことが私自身の中で大きかったです。
当時は全然力にはなれなかったと思うけど、ひとまず「いまの私にできることをやる」ということをやっていました。慣れないことが多すぎて、本当はついていくのにも必死だったなと当時を振り返ると思います。
神奈川県から陸前高田に移住をして漁業の仕事を始めて、気付けば今年で12年目となります。
さまざまな環境適応に時間はかかりつつも少しずつ仕事や環境、暮らしに慣れていき、時間をかけて同年代の移住者や地元の方と繋がっていきました。
11年くらい前、マルテン水産に来て、お世話になっているご家族のわかめのお手伝いをしなかったら私は陸前高田にはいなかったと思うし、漁業のことをやっていなかったと思います。
いまもマルテン水産で働かせていただきつつ、「いまの私自身にできること」をやっているのですが、ゆるやかに続いているご縁に感謝をしつつ、私になりにできる「恩返し」をしていけたらと思います。
途中からまとまりがなくて長くなってしまいましたが、陸前高田に来た当初の頃や心境、漁業に携わることになったきっかけなどを書かせていただきました。
ときどき更新していきますので、引き続き応援・ご支援のほどよろしくお願いいたします!
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【陸前高田発】未利用わかめを活用したヘアケアを通して「仲間」を増やしたい! - CAMPFIRE (キャンプファイヤー)
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