
「小栗判官と照手姫」は、仏の教えを広める為の説経節として中世に始まり、以来800年余りに渡り伝承されている物語です。 毘沙⾨天の申し⼦であり知勇兼備の若武者<⼩栗>と、才⾊兼備の絶世の美⼥<照⼿姫>の恋物語を中⼼に、人々の助け合いや当時の死⽣観、蘇りや病気治癒の希望を伝える物語です。
恋愛、陰謀、蘇⽣、回復、復讐にいたる物語として⾒所のある内容は、中世以降、浄瑠璃、歌舞伎、演劇などで有名な演⽬となっています。
常陸国に絶世の美女「照手姫」が噂に高く、それを聞いた小栗判官が恋い焦がれ、恋文を送り合う仲となった二人はやがて結ばれます。 しかし、照手姫の父はよく思わず、陰謀により小栗を毒殺します。地獄の閻魔様の庇護を受けた小栗は、餓鬼阿弥の姿で現世に戻され、首には「この者を熊野本宮の湯の峰に入れて本復させよ」と書かれた札が掛けられていました。 後に餓鬼同様の小栗を見つけた僧侶により「この者を一引きすれば千僧供養、二引きすれば万相供養」と書き加えて土車に載せた所、人々がその札を見て、それぞれに車を引き熊野へ向かわせました。 父の陰謀から逃げ延びた照手姫も、道中に引き手が見つからず捨てられていた土車を発見し、「餓鬼のような姿でも小栗が生きてさえいてくれれば」との思いから、乗っているのが小栗とも知らず、その供養のために土車を引く場面があり涙を誘います。
やがて熊野湯の峰に到着した小栗は、四十九日の湯治の後、元の勇ましい姿に戻り、照手姫と再会しました。自分を苦しめた照手の父に復讐を誓っていた小栗ですが、親を殺す事の不道徳と復讐の無意味さを照手姫より説得され、それを諦めた二人は常陸国に帰り未来永劫幸せに暮らしました。
車坂は、小栗を乗せた土車が通ったことから名付けられたと「紀伊名所図会」にも書かれております。 その坂に鎮座していたお稲荷様には、「よみがえり」の御利益を求め参拝する人が絶えなかったようです。
様々なつまずき、失敗が許されない社会だからこそ、今の時代だからこそ「よみがえり」を求める方は多いのではないでしょうか。「よみがえり」の祈りを捧げる場所を、是非とも再生し多くの方にその御利益にあやかって頂くことこそ、このプロジェクトの本懐であります。




