
食の仕事をしていると、日本のさまざまな場所に行く機会が多くあります。
その土地にあるレストランを目指していくこともあれば、日本全国に卸先をもつ人気の生産者さんに会いにいったり、自治体のお招きで売り出したい産品を取材することもあります。
行けば行くほど、日本の地方は、どこも美しく、そこに住む人たちは、気候風土や文化を受けながら工夫した暮らしをされていて、当たり前のことですが一つとして同じ町、村はないことに気づかされます。
2025年6月に初めて行った田子町は、青森県南端、岩手県一戸町と接する県境の町です。「にんにくの町」として知られている田子町は、初夏のにんにくの収穫時期になると町中がにんにくの香りに包まれます。
田子町は、にんにく県・青森のなかでもとくにブランド力があるにんにくの産地として知られています。僕自身も「田子のにんにく」は知っていました。





オーク牧場の大久保悠紀さんは、町内でにんにく栽培と、町内のブランド牛で黒毛和種の「田子牛」の一貫飼育を行う農家さんで、にんにく栽培に必要なたい肥を和牛飼育で生みだし、収穫したにんにくを加工して和牛の飼料にするなど、牧場内での資源循環に取り組む農家です。
最初にお会いしたのは、滞在初日に町内のにんにく加工場などを見学した後に開催していただいた懇親会でした。
翌日訪問させていただく予定の生産者さんとしてお話をしているなかで、「経産牛の出荷を始めようと思うんです」と大久保さんが計画をお話しくださいました。
最近、レストランでよく聞かれるようになった「経産牛」は、文字の通りお産を経た牛、つまり母牛のことです。





「経産牛が自分たちにあっている」時代に
少し話が田子町から離れます。
ふだん、私たちが小売店に流通している牛肉は何歳ぐらいの牛だったかわかりますか? 畜産では牛の歳を月齢で表します。黒毛和牛では、おおむね月齢30カ月で出荷されることが多いです(交雑種は、これより短い傾向にあります)。
この「おおむね」というのは、生産者さんごとの考え方あって、まちまちというところがあります。長く育てれば体も大きくなるし、肉に味がのってくるといわれていますが、その分飼育コストがかかりますし、病気などで牛が命を落とすリスクも増えます。それ以外のさまざまな要因を総合させて、生産者は、出荷のタイミングを決めています。
一方、経産牛というのは、お肉になる仔牛を生んだことがある母牛のことで、個体差もありますが10年近く、またはそれ以上にわたって仔牛を生み続けます。
そして出産の役目を終えた母牛は、「経産牛」として出荷されいました。歳をとり、出荷用の肥育をしていないお肉ですから、硬くて脂身がない、一昔前では「おいしくない」といわれてきました。
しかし、ここ10年くらいの間に、社会の考え方が変わってきて、長い間、牧場のために仔牛を生み続けてきた母牛を、きちんとおいしく食べて役目を終えさせたいと考える生産者さんが増えてきました。
サシが入った若い牛よりも、経年によるうま味と赤身が強い経産牛の方が好みだという嗜好の変化もありましたし、高騰する国産和牛の価格帯の中でもリーズナブルに扱えるという取り扱い側のメリットもありました。
そんなさまざまな背景があって、まずは高級レストランを中心に「経産牛が自分たちにあっている」という人(料理する側も食べる側も)が増えてきました。
僕が初めてこの感覚に触れたのは、2015年、現在は虎ノ門ヒルズに場所を映している「フロリレージュ」でした。当時は、まだ南青山にあった頃で、「経産牛 サスティナブル」という料理名で、持続可能性をテーマを提案していたときでした。

経産牛をおしくする苦労
経産牛といっても、ただ仔牛を生み終えた母牛を出荷しているわけではなく、肉牛としておいしく味わうために肥育用の飼料を与えて、食べてもおいしくするために育てなおすことをしています。
この再肥育は、言葉にするほど簡単ではありません。それまで母牛として仔牛を産むために育ててきた牛に、体を大きくするようの飼料や育て方をするのですが、簡単には母牛の体が受けいれてはくれません。
人間でも、長くその環境や食事に慣れていたのを急に変えられたら、体が受け付けないですよね。おいしく食べたいと考えているのに、結局母牛に負荷を与えるだけだったら本末転倒といえます。
さらに、まわりから見れば「経産牛」でしかない。霜降りの等級やマーブルスコアなどでは低評価を受けてしまいます。生産者さんをよく知り、その取組に賛同するお肉屋さんが、普段の経産牛以上の値で競り卸してくれれば別ですが、経産牛の価値づけは、生産者さん自らしなければいけないという苦労もあります。
昨今は、SNSの発達で生産者が直接販売することもできるようになりましたが、じつは畜産業界では、生産者が自分でお肉を売るのが難しい構造になっています。現状では、お肉を卸の肉屋さんが買って、それを生産者さんが買い戻して販売することを選ぶ人が多いです。
僕も、仕事柄多くの牛の畜産の生産者さんにお会いしてきました。飼育に熱心で、牛のことを考え、地域の環境に配慮して、意識を高くもって生産をしていても、いち消費者として、その方からお肉を買えることがほぼありません。大抵は地域の名前のもとに出荷されている。もちろん、腕のよい生産者さんの牛はセリで高い値が付くのですが。
そういった独自の畜産の流通は、直接流通を当たり前に感じているものにとっては、驚かされたものでもあります(その流通がさまざまな安全や安定を担保している部分もあります)。
地方には「宝」が眠っていることを証明したい
大久保さんは、自分たちで経産牛を販売するために、お肉を買い戻すのではなく、お肉を販売する卸売業者として、市場でお肉を買おうとしているといいます。
この話を聞いて、僕はとても驚きました。
簡単に卸売業者になるといいますが、許可をとるのにものすごい苦労があるのを聞いたことがあります。考えてみても、安易に許可がとれるなら、日本中の生産者さんがもっと自分たちで肉を販売しているはずです。それくらい難しい。
それでもお話を聞いたときには、「秋には最初の出荷ができそうなんです」と話されているわけで、だいたいの大変なことは乗り越えてきているということです。
これは、すごいことをしている人が田子町にいるもんだ。田子町にはにんにくだけじゃない、にんにくの先を見ている人もいるのだという驚きました。
そして、そんなに苦労をしてでも経産牛を出したいという背景には、牛たちへの感謝であったり、自分たちの取組をきちんと理解してもらえるお客さんと一緒に歩みたいという想いがなければできません。
大久保さん、そしてオーク牧場の誠実さに、胸を打たれた。その真剣なアクションを、絶対に応援したい。新しいスターを見つけたような感動を覚えたのを覚えています。
自分ができることは、経産牛を料理してくれる人、それに対して意見を言える人、経産牛の価値を理解したうえで、最初の出荷のお肉を前向きな気持ちで食べてくれる食べ手、そのことを伝えることをしたい。そうすることで、「にんにくの町・田子」をもう一方から光を当て、地域の新しい価値を生み出せるのではないか。
もっと正直にいえば、出会って見つけた「宝」をしっかりと「宝」として価値づけをして、世間に知らしめたいというメディアとしての欲求(いやらしいですが)あったのも事実です。
地方には「宝」が眠っている。僕自身、本当にそう思っています。
それを、実際に証明する。それが、大久保さんとオーク牧場を応援する理由なのです。
ーーーーーー
今回、オーク牧場初の経産牛「なおゆり」ちゃんを大切に食べる企画を大久保さんとともに考えました。
なおゆりちゃんが育った青森県田子町に行って、10年以上育ったオーク牧場の牧場を大久保さんに案内してもらいます。さらに、田子町の主要産業であるにんにく栽培も、町内の随一の農家である種子にんにく農園さんにご協力いただき見学できるようになっています。

なおゆりちゃんのお肉を食べるディナーは、大黒森山頂付近の標高700メートルほどにある天空のホテル「ロッジカウベル」を貸し切りして行います。10名限定の小さな会です。


食事会の前には、田子町の伝統芸能である「田子神楽」の奉納もあります。

参加費用は2名様で141,000円(現地までの交通費、宿泊費は別)と高額ではありますが、大久保さんの取組と田子町の景色や環境は、それ相応の価値があると思います。
江六前一郎|Ichiro Erokumae|Food HEROes代表




