水口を旅立ったラッピングピアノは、無事にアル・プラザ野洲へ。「ラッピングピアノの旅」2カ所目のスタートでした。
その数日後、一本の連絡が入りました。大人のピアノ生徒さんからです。
「実は…野洲に行ってピアノを弾かせてもらったんですが、譜面台に置いてあった“演奏者の皆さまへのお願い”のパウチを間違えて持ち帰ってしまって…」
声のトーンから、**“しまった…”**という気持ちがまっすぐ伝わってきました。
もちろん、責める理由なんてひとつもありません。むしろ——それだけ自然に、そこに“弾いていいピアノ”として溶け込んでいた証拠。
「大丈夫ですよ。僕が代わりに野洲へ返しに行きますね。」
そう言って、私は野洲へ向かいました。
そして、そこで目にした光景。
ピアノの前に、一人の方が立ち止まっていました。
弾くでもなく、写真を撮るでもなく、ただ、しばらく見ている。
ラッピングの色。鍵盤。ピアノの周囲の空気。
しばらくして、その方はそっと腰を下ろし、一音、また一音と、とても静かなテンポで弾き始めました。
上手いとか、間違っていないとか、そういう次元ではありません。
「ここに来た理由が、そのまま音になっている」そんな演奏でした。
途中で小さな子が近づいてきて、音に合わせて身体を揺らす。それを見て、演奏者が少しだけ微笑む。
誰も何も指示していないのに、そこに小さな“場”が生まれていました。
私は、パウチを元の位置に戻しながら思いました。
このピアノは、「弾いてもらうため」に置いているのではない。
立ち止まってもらうため感じてもらうため誰かの中に、何かが静かに芽生えるため
そのために、この旅をしているんだと。
支援者のみなさまへ。
水口から野洲へ。ラッピングピアノは、確かに移動しました。
でも、そこで起きているのは単なる“設置場所の変更”ではありません。
・情報を聞きつけて、足を運んでくれた大人の生徒さん
・うっかり持ち帰るほど、自然に触れてくれた様子
・音に足を止めた見知らぬ誰か
・音に引き寄せられた子ども
その一つひとつが、このプロジェクトが「動いている証拠」です。
写真も、返却の様子の動画も、その“途中経過”として記録しています。
この旅は、まだ続きます。
そして次の場所でも、きっとまた、想像していなかったドラマが生まれるはずです。
ご支援本当にありがとうございました。




