ある大学で特別講義をしてきました。
「あなたは罪に問われた人と共に生きることができるか?」
という問いで学生さんと一緒に考えました。
講義の最初では、できないと答えた人が15%、できると答えた人が25%、わからないと答えた人が60%となりました。
理由もさまざまで、犯罪の背景によるものやそもそも人と共に生きるということがわからないという意見もありました。
わたしの体験や支援の実際をきいた講義中盤で同じ問いをしたところ、できないと答えた人が5.6%、できると答えた人が33.3%、わからないと答えた人が61.1%になりました。
理由の中には、犯罪の中には生きるために必要な行為としてやってしまうこともあるんだという気づきがありました。
最期に、わたしの過去の行為についてお話をしました。そして、「罪に問われた福正と生きることができるか?」というずいぶんな問いを発してみました。
共にいきることが、できないと答えた人が10.5%、できると答えた人が73.7%、わからないと答えた人が15.8%となりました。
できないと答えた人の中には、犯罪や障害といった背景よりも福正が無理という人が含まれていることは明らかです(笑)
できると答えた人の中には、愉快な人なので共に生きてみたいといった意見もありました。
わからないと答えた人の中には、はじめてあって間がないので判断できないと至極まっとうな意見がありました。
わたしはこの講義を終えて、教育というのは知識とリアルな存在によって伝わり方が違うのだと改めて振り返りました。福正大輔という存在が誰かの学びになるのであれば、わたしは恥ずかしい体験も自分の行為もお話ししていきたいなあと考えました。カミングアウトジャーニーマガジンがそのようなツールになるようにしたいなあと覚悟が決まりました。
学生のみなさんと授業以外でも活動できる日を楽しみにしています。ありがとうございました。



