沖縄の味噌蔵の挑戦!!琉球王朝時代からつづく木桶仕込みの味噌を未来へ

創業160余年、琉球王朝最後の味噌蔵「玉那覇味噌醤油」です。長きに渡って蔵の味を守り、育ててくれた木桶たちは、桶職人不在の中で修理もできず、今やボロボロな状態です。戦後80年の節目の年。ここから更に100年先の未来まで、蔵の味を守り、つなぐために新たな木桶を。そんな挑戦に力をお貸しください!!

現在の支援総額

9,629,739

137%

目標金額は7,000,000円

支援者数

699

募集終了まで残り

終了

このプロジェクトは、2025/11/05に募集を開始し、 699人の支援により 9,629,739円の資金を集め、 2025/12/21に募集を終了しました

沖縄の味噌蔵の挑戦!!琉球王朝時代からつづく木桶仕込みの味噌を未来へ

現在の支援総額

9,629,739

137%達成

終了

目標金額7,000,000

支援者数699

このプロジェクトは、2025/11/05に募集を開始し、 699人の支援により 9,629,739円の資金を集め、 2025/12/21に募集を終了しました

創業160余年、琉球王朝最後の味噌蔵「玉那覇味噌醤油」です。長きに渡って蔵の味を守り、育ててくれた木桶たちは、桶職人不在の中で修理もできず、今やボロボロな状態です。戦後80年の節目の年。ここから更に100年先の未来まで、蔵の味を守り、つなぐために新たな木桶を。そんな挑戦に力をお貸しください!!

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庭にある椿の木。

毎年静かに、下を向くように花を咲かせます。鬱蒼とした庭に椿の色がとても映えます。




沖縄の古い庭では、椿は決して一般的な木ではないそうです。


台風の多いこの土地では、

風に強く、実用性のある木(フクギ、ガジュマル、クロトンなど)が選ばれることが多く、椿は“よくある庭木”というわけではありません。


ではなぜ、この場所に椿??


麹づくりの世界では、

木を燃やした灰が使われることがあります。

その中には、椿を燃やした灰を用いるという話もあるんです。


西日本の発酵文化を訪ねて:JR西日本

(参考資料)


さらに思いを巡らせると、

大阪で醸造を学んだ三代目のことが浮かびます。




当時としては珍しく、沖縄から離れ遠い地で醸造を学び、その技術を持ち帰りました。

明治から昭和にかけて蔵の基盤を築き、戦後の復興を経て、今に続く玉那覇味噌醤油の礎をつくった人物です。


もしそのとき、麹と灰、そして椿のことを知り、この場所に椿を植えていたとしたら。


それはただの庭木ではなく、

味噌、醤油に必要な麹づくりのために選ばれた一本だったのかもしれません。


もちろん、本当のところはわかりません。

だけど、新しい桶での仕込みが始まった今、こうして過去に思いを馳せる時間もまた、私たちにとって大切なひとときです。


昔の人たちは、どんな思いでこの木を植えたのかなぁ〜

この椿がここにある理由を考えること自体が、どこか今の味噌づくりともつながっている気がしています。


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