
またまた安田登(能楽師)が書きます。
私は二度ほど祭礼の復活に関わったことがあります。ひとつは箱根神社の延年の舞、もうひとつはある神社のお祭りの復活です、
箱根延年
復活にかかわったもののひとつは箱根神社(神奈川県)の「延年の舞」です。
箱根神社には、鎌倉時代に書かれた文書(もんじょ)がありました。すべて漢文で書かれていますが、「延年」と書かれていました。延年というのは、鎌倉時代や室町時代にお寺の僧侶や稚児が舞った芸能です。
「神社で延年?」と思いましたが、かつては神仏習合、そういうことは気にしなかったようです。
読んでみると、箱根の九頭龍(くずりゅう)に関する芸能で、奈良時代の万巻上人(まんがん しょうにん)が神様とともに龍を改心させるという物語。舞うのは稚児(子供)で、箱根神社で奉納したあとには、鶴岡八幡宮に行き、頼朝公の前でも舞っていたらしいということがわかりました。
まず漢文を古語に直し、それを私が台本にしました。そして、何人かの能楽師が地元の子どもたちに教えて、箱根神社で奉納し、それから鎌倉の鶴岡八幡宮でも奉納上演をしました。
そののちは神社の方に引き継ぎ、奉納は続きました。
神社のお祭りを復活
もうひとつは、ある神社のお祭りの復活のお手伝いをしました。もう40年ほど前のことです(神社のお名前は内緒です:笑)。
戦前の国家神道に対する嫌悪感や、GHQの政策などで、戦後は氏子も減り、、神社はかなり衰微しました。宮司さんが戦争で亡くなったりして、継承されないお祭りも多くあります。
そんなとき、ある神社からなくなってしまった祭礼の復活の依頼を受けました。
最初にしたのは、その祭礼がかつて行われていた時代の文献の調査です。日常的に行われていたお祭りです。その詳細を文書として残そうとは思わないところがほとんどなので、さまざまな記録をまとめながら、どのようなお祭りが行われていたのかを考えます。
次にコンセプト作りです。その祭礼が存在するための根拠を、『古事記』『日本書紀』『風土記』『万葉集』『祝詞』などから探します。その土地にまつわる神話や伝説なども探します。
そして、基本の資料が整ったところで、以下のことを神職の方たちと共同して行います。
・どのような祭礼にするか(日時も)
・式次第の作成
・祝詞の作成
・舞の作成
その他、装束などさまざまなことを決めました。
そして、そのあとで氏子の方などにお知らせしたりして、具体的な準備があり、祭礼が執り行われました。その祭礼には年々人が集まるようになり、その土地の神話が土地の方たちの間にも生き続けるようになりました。
今回の「蔦島の大蛇」プロジェクトは上記ふたつの経験がもとになっています。



