
またまた安田登(能楽師)が書きます。私はこのプロジェクトの代表ではないのですが、文章を書くことがまったく苦にならないので書いています。
お許しを(笑)。
神楽は地霊に捧げる芸能
これもむかし、20年ほど前の話です。
出雲の大土地神楽を拝見した行ったときです。大土地神楽は、ひと晩中舞われる昔ながらの神楽です。
神楽を観ながら、昨年引退したという方とお話しをしました。
「神楽というくらいですから神様に捧げる芸能なのですか」
「う~ん、ちょっと違うかなぁ」
「では、盆踊りと同じく先祖の霊、祖霊に捧げる芸能なのですか」
「それもちょっと違うなぁ。神様は神様でも《土地》の神様に捧げているのです」
「天照大御神とか、そういう高天原(天上)の神様に捧げるのではないのですね」
「そう。土地の霊、《地霊》に捧げているんだよ」
「ということは、この土地に生まれた方でなくては神楽はできないのですか」
「いやいや、1年でも2年でもこの地に住めば、地霊との関係はできる。血筋とか先祖とかは関係ないよ」
この話を聞いたときに、正直いって驚きました。
日本は「血」や「生まれ」を大事にすると思っていましたが、実はそれは近年の話。日本の土地の神様はもっと大らかだったのです。
共同体は土地との関係で構築され、血筋や生まれなどは重要ではない。それがむかしの日本でした。
考えてみれば、すでに奈良時代には朝鮮半島から来た秦氏、東漢氏、百済氏、高麗氏などの渡来の人たちが貴族として日本の朝廷で活躍していましたしね。
世界に広がるエレウシースの秘儀
古代ギリシャには、オリンピック(オリュンポスの祭礼)以上に有名な祭礼がありました。
それが「エレウシースの秘儀」です。
この秘儀に参加した人は「死が怖くなくなる」と言われており、有名な哲学者やギリシャの王やローマ皇帝、さらには庶民や奴隷に至るまで、多くの人が参加しました。秘儀はオリンピックとともに、キリスト教によって禁止される5世紀頃まで続きました。
もともとこの秘儀は、神が「エレウシース」という土地の人々に与えたものとされ、アテネから約20km離れた街の「地元の祭礼」でした。しかしやがて、全ギリシャの人々、さらにローマの皇帝や庶民までもが参加する、世界的な祭礼へと発展していきました。
ちなみに、オリンピックには性別や身分といった厳しい参加条件がありましたが、エレウシースの秘儀は皇帝から奴隷まで、男も女も誰でも参加できる開かれた秘儀でした。
交通網の発達による「地方」の広がり
では、なぜ一地方都市の祭礼に過ぎなかったエレウシースの秘儀が、全ギリシャ、さらにはローマ世界にまで広がったのでしょうか。
その理由はいくつもありますが、大きな要因のひとつが、ギリシャやローマにおける「交通網」を含むインフラ整備による国際化です。
かつては容易に訪れることができなかった「エレウシース」に、簡単に行けるようになったこと。それが秘儀の拡大に大きく寄与しました。そして、それは「地方」という概念そのものの広がりを意味していたのです。
つまり、エレウシースという一地方(くに)の秘儀が、「ギリシャ」というより大きな「くに」の秘儀へと変貌していったのです。
「くに」の変化と日本の事例
「くに」の概念の変化は日本にも見られます。
江戸時代まで「くに(国)」とは地方を指しました。出雲の国、武蔵の国、摂津の国、山城の国……といった具合です。しかし明治以降、「国」と言えば「日本」という国家を指すようになりました。
これは明治政府の国家政策の影響もありますが、その前提となったのは、やはり交通網や交通手段の発達でした。
新たなネットワークの時代へ
ちなみに「交通網」は英語で「transportation network」と言います。場合によっては「communications network」とも表現されます。
要は「ネットワーク」なのです。
現代では、物理的な「交通(transportation)」にとらわれない新たなネットワークが次々と構築されています。その代表例がインターネットです。
さらにVRやARなどのXR技術の進化により、世界のネットワークはますます広がりつつあります。
そう考えると、共同体ももはや「土地」に縛られる必要はない――そんな時代が到来しているのかもしれません。
本プロジェクトも、そんな新たな共同体の可能性を模索したいと考え「ドラゴン・ネットワーク」なるものを考えました。
実は、これは本プロジェクトだけでは終わりません。これからさまざまな試行錯誤をしながら考えていきたいと思っています。
よろしければ、こちらのnoteもお読みくださいませ。



