
さて、今日は昨日に引き続き、デンマークでインタビューを予定している方の紹介をしたいと思います。
昨日は、ラトビア出身で現在デンマークで子育てをしている元ルームメイトの友人について書きました。
今日は、留学中に最もお世話になった先生についてです。
私はデンマークの「フォルケホイスコーレ」という学校に留学していました。
これは北欧独特の教育機関で、専門学校のような側面を持ちながらも、「自分のやりたいことや適性を見つけるための学校」という特徴があります。
ヨーロッパでは、高校卒業後すぐに大学へ進学するのではなく、「ギャップイヤー」と呼ばれる、自分自身と向き合うための時間を持つことが一般的です。
フォルケホイスコーレは、そうした若者たちが学校に滞在しながら、自分の将来について考える場所でもあります。
私は10ヶ月の留学期間中に2つのフォルケホイスコーレに滞在しましたが、今回インタビューをお願いしているのは、そのうちの一つ、アートとデザインを学んでいた学校の先生です。
なぜ、彼女への思い入れがこれほど強いのか。
それは、私が「やりたい」と思ったことに、全力で向き合い、支えてくれたからです。
私がその学校に滞在していた時期、東日本大震災が起こりました。
遠く離れたデンマークでは、インターネット以外に情報を得る手段がなく、日本の状況を知るたびに強い不安を感じていました。
学校には日本人が私一人しかいなかったため、友人や先生たちはとても心配してくれました。
同時に、「こんな遠くにいていいのだろうか」「自分の国が大変な時に、私は何をしているのだろう」と、自問する日々でもありました。
そんな中で、ある時ふと考え方が変わりました。
「ここにいるからこそ、できることがあるのではないか」
ちょうどその頃、私はシルクスクリーンの授業を受けており、その担当の先生が、今回取材する彼女でした。
私は「Tシャツを作り、それを着て街で募金を呼びかけよう」と考えました。
そのアイデアを彼女に話すと、
「それなら、Tシャツを販売して募金にしたらいいじゃない」
と提案してくれました。
しかし、当時の私は制作費を用意できる余裕がありませんでした。
そのことを伝えると、彼女は「学校が費用を出せるように相談してみるから大丈夫」と言い、実際に掛け合ってくれたのです。
その結果Tシャツ代、インク代、その他の制作費、そのすべてを学校が負担してくれることになりました。
私は複数の版を重ねるシルクスクリーンのデザインを選んだため、一度刷っては乾かし、また刷って乾かす…その工程を何度も繰り返さなければなりませんでした。
そして約100枚のTシャツを、すべて手作業で印刷しました。
その作業を、彼女は最後まで一緒に手伝ってくれました。
フォルケホイスコーレの特徴として先生も学生も学校に住む、というものがあるため、夜も制作が可能でした。
時間を合わせて、二人で静かにTシャツを刷り続けた時間を、今でもはっきりと覚えています。
そして期末の展示販売会で、そのTシャツは販売され、結果として10万円以上の募金を集めることができました。
そのお金は、デンマーク赤十字を通じて日本へ寄付されました。
多くの先生に支えられましたが、彼女ほど深く関わってくれた先生はいません。
言葉も十分に話せない私に対して、忍耐強く、そして対等な一人の表現者として接してくれた存在でした。
今年5月、デンマークで彼女に再会します。
これまでの語学力では、彼女自身の人生について深く話を聞くことはできませんでした。
今回初めて、彼女のライフストーリーや、アーティストとしてどのような思いで作品を制作しているのかを、しっかりと聞いてみたいと思っています。
残り6日となりました。
この取材旅行が、私にとってどのような意味を持つのか。
残りの期間も、こうして少しずつ言葉にしていきたいと思います。
もしよろしければ、この旅を実現するためにご協力いただけたら嬉しいです。



