【人が音、音が人】人と音を未来へ繋げる。浅草Gold Sounds 移転計画

2017年開店。2025年で8年目を迎えたライブハウス浅草Gold Soundsが、物件の契約トラブルで急遽閉店の危機に。浅草の地にこだわり、音楽を鳴らし続けてきたGold Sounds同じ浅草の土地で移転開店する為に、ご支援をお願い致します!

もうすぐ
終了

現在の支援総額

3,902,000

65%

目標金額は6,000,000円

支援者数

182

24時間以内に14人からの支援がありました

募集終了まで残り

3

【人が音、音が人】人と音を未来へ繋げる。浅草Gold Sounds 移転計画

もうすぐ
終了

現在の支援総額

3,902,000

65%達成

あと 3

目標金額6,000,000

支援者数182

2017年開店。2025年で8年目を迎えたライブハウス浅草Gold Soundsが、物件の契約トラブルで急遽閉店の危機に。浅草の地にこだわり、音楽を鳴らし続けてきたGold Sounds同じ浅草の土地で移転開店する為に、ご支援をお願い致します!

本日の活動報告は
今回のクラウドファンディングのメインデザインを担当し
Asakusa Gold Sounds OPENの2017年〜2022年まで
事務・デスク担当としてGold Soundsで働き
現在もデザイン業務を担当するMIKKOさんより
熱いメッセージを頂きましたので、ご紹介させて頂きます!

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MIKKO
 "スセリtradition" 、" MIKKO&SHU "のVocalとして活動
埼玉県八潮市のボイストレーニング教室/ゴスペル教室運営
http://www.vivifyvocalschool.com/その他、デザイン、ハンドメイドSHOP、数秘家としても活動中。

はじめましての方もいらっしゃると思うので、まずはご挨拶から。

Asakusa Gold Sounds立ち上げの2017年、オープニングスタッフとして入社し、
事務や受付を主に担当していた元スタッフであり、
代表のSHUとはもう30年一緒に音楽を続けているロックボーカリスト、
MIKKOと申します。

私たちが最も「ライブハウス」という場所で闘っていたのは、
『JARRING』というバンドをやっていた時代。
2012年に解散し、その後はメンバーそれぞれ各々の道へ進みました。

私は解散後、ミュージシャンを集めた劇団を立ち上げました。
SHUは下北沢251でブッキングの仕事を始めていたので、
劇団の公演を251でやらせていただいたり、
たまにピンチヒッターとして歌いに行ったりもしていました。
そこで生まれたのが「MIKKO&SHU」というアコースティックユニットです。
Asakusa Gold Soundsでは最多出演しているので、
名前を聞いたことがある方も多いかもしれません。

こうしてSHUとは縁が切れることなく関わってきたこともあり、
彼が「Asakusa Gold Soundsの店長をやることになった」と聞いたときは、
「全力で応援するよ!」なんて言っていたのですが……。

気付けば私も、Gold Soundsのオープニングスタッフになっていました(笑)。

正直、ライブハウスのスタッフは嫌だったんです。
なぜなら、アーティストとして長くステージに立ってきたので、
裏方に回ると自分の見せ方がわからなくなる。それが本当は嫌でした(笑)。

しかしある日、SHUがこう言ったんです。

『俺たちが日本全国でライブ活動をしてきた中で、
本当に良い音、良い照明、熱い人間がそろうライブハウスってなかなかなかったよな……。
でも、本当に良いライブハウスは確実にあって。
でも都内にはなかなかないんだよな……。
それをわかってるからこそ、
俺たちが「この箱最高!」と思ってきたものを浅草で再現しようと思うんだ』

それを聞いたとき、
「え? それに私が立ち会えたら、間違いなく良い箱ができるんじゃない?」
なんて図々しいことを思い、「じゃあ、私も一緒にやるよ!!」
という流れであっさり入社が決まりました。

当時21年務めた職場を離れることになったので、それ相当の覚悟もありました。
21年という重みを背負ってのライブハウススタッフへの転向。
そして入社時の私の年齢は40歳。
全国あらゆるライブハウスに出演させてもらってきましたが、
40代の新人スタッフなんてめったに見たことがありません。

私に出来るのか……しかも事務なんてやったことがない……。

案の定、入社後1年目はストレス太りで体重が10キロ以上増え、
長時間労働に耐えるのもやっと。
帰れない日も多々ありました(笑)。
売上を立てるのに必死で、昼夜公演を連続でやったり……
あの頃は本当にきつかったです。

「2年でギブアップする」とわかっていたので、
SHUには「2年だけで勘弁してほしい」と言っていたのですが、
その2年後、あの憎きパンデミックがやってきました。

Asakusa Gold Soundsは飲食店登録だったので、営業は完全ストップ。
全国の飲食店が食らった打撃を、Gold Soundsも真っ向から受けることになりました。
閉店という道しか残っていない限界の状態。
その突破口として、SHUが店長から代表へ就任。
オープンして間もない店でありながらクラウドファンディングへの挑戦、
そして未知の配信ライブへの切り替え。

これが唯一、生き残る方法でした。

こんな状態のときに退職なんて「裏切り行為」ができるわけがありません。

とにかくできることを毎日寝ずに考え、悔しくて泣きながら、
さらに支えてくれる方がたくさんいてくれることへの感謝の涙。
毎日泣きながら、できることを必死にやっていました。

オープンして2年でやっと足場が固まり、
出演アーティストも着実に増えてきた中でのパンデミック。
テレビではライブハウスを危険視する報道が毎日流れていました。
もともとライブハウスは地下が多いですが、
換気はどんな飲食店よりもしっかりされています。
この時の悔しさはいまだに忘れられません。

しかし、Gold Soundsにはとても結束力のあるスタッフが揃っていました! 
日々作業を分担し、全員がやれることはなんでもやって、
とにかく必死に唯一の生き残る道をすべてクリアすることができました。

それは、JARRING時代からの仲間、お客様、関係者を含め、
オープンしたばかりのGold Soundsを知って、
「こんな熱いスタッフがいる場所を何が何でも守りたい」
と思ってくれたたくさんの方々が本気で助けてくれたことで、
命を繋ぎ止めることができたのです。
今思い出すだけで涙が出ます……。

そこからスタッフ一同、熱い結束力で死ぬ気で這い上がり、
パンデミック終息後の売上は右肩上がり。
「もうこのラインまで来れば大丈夫だろう」と未来が見えた2022年末、
私は円満退社させていただくこととなりました。

退社の理由は、体力の限界以上に、Gold SoundsがSHUの言っていた
「理想のライブハウス像」をしっかり実現できていると実感できたからです
。「ここまで理想の店に育ったんだから、私がいなくても大丈夫」と心底思えたのです。

2年が限界……と思っていた先の、丸5年!

正直辛いことだらけでしたが、これだけの試練を乗り越えることができたのは、
スタッフたちの人間性が素晴らしかったこと、
出会えたアーティストの皆さんが本当に素敵な方ばかりだったこと、
そしてご来場いただくお客様が音楽を愛し、
気持ちの良い空間を一緒に作ってくださったおかげです。
本当に自慢の箱に成長していました。

私は生粋のバンドマンとして人生のほとんどを音楽に捧げてきました。
そんな私が裏方に回っても尚、たくさんの音楽仲間が増え続けたことが何より嬉しく、
さらに、毎日多くの方が出入りする場所で大好きな音楽と共に仕事ができて、
私の人生はとにかく豊かになりました。

退職後は、副業で続けていたボイストレーニングを本業にして活動させていただいています。歌のお仕事に励みながら、
実は現在も副業でGold Soundsのデザイン仕事を担当しています!

そして、2012年に解散した『JARRING』のメンバーで2023年に再結成し、
バンド名を『スセリtradition』に改名しました。

裏方として仕事をしていた立場から、
またアーティストとして返り咲くとは夢にも思っていませんでしたが、
現場で感じたあの悔しさが「再びアーティストに戻れ!そして叫べ!」と、
私の魂を誘導したのかもしれません。

私は何が何でもライブハウスを守りたい。これからも絶対に守っていく。

そう思っていたので、アーティストとして声を上げられる今、
これまでの音楽人生の中で一番トゲを持って吠えまくっているかもしれません(笑)。

そんな吠えまくっている矢先、
今ではスセリtraditionの大切なホームグラウンドとなったGold Soundsに、
次なる試練が襲いました。

ビルの老朽化、そして、ビルからの立ち退き……。

これはかなりの衝撃とショックでした。

あれだけ泣きながら守り抜いたライブハウスが……。
私が退職してまだたったの3年です。
勤務していた時以上の盛り上がりを見せている最中に、
こんな悔しいことが立て続けに起きるなんて。

でも、今回はパンデミックの時とは違う気がします。

まさに、ステップアップの時なんだろうと思うのです。
スタッフの結束力も今まで以上に感じますし、
SHUのやる気も立ち上げの頃より高く広い視野に変わってきていると感じます。
だから今回の移転は「必然」だったのかもしれません。
現スタッフの結束をより強固にするためにも。

ライブハウスは、ただの「箱」ではありません。

そこに集まる人間の熱、鳴り響く音、
そして未来へ繋ごうとする意志が形になった場所です。

一度は消えかけた灯を、私たちは死ぬ気で守り抜きました。
今度はその灯を、もっと高く、もっと遠くまで届く大きな光に変える時です。

新しいAsakusa Gold Soundsが、
出演するアーティストにとって最高の戦場であり続け、
お客様にとって人生を豊かにする最高の居場所になれるよう、
どうか皆様、最後にもう一度だけ、私たちに力を貸してください。

そんな想いを込め、今回のクラウドファンディングにも
デザイン担当として関わらせて頂きました。

浅草の地で、また新しい伝説を一緒に作りましょう!
(浅草が無理なら浅草近郊)

ステージの上で、そして客席で。
皆様と笑顔で再会できる日を心から楽しみにしています。

元スタッフ
MIKKO(スセリtradition)


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今回のMIKKOさんが、クラウドファンディングのメインデザインとして採用した、

Human as the Sounds, Sounds as the Human.

という言葉は、Asakusa Gold Soundsの理念、
『人が音、音が人』という言葉です。
Gold Soundsの基礎は、
この言葉を胸にオープニングスタッフが一から作りあげました。

お酒を酌み交わして向き合う事、深夜まで手を抜かず機材のメンテナンスをする事、
皆が人として繋がる事、その礎は音楽への愛情である事。

バンドマンとしてGold Soundsと関わり続けるMIKKOさんは、
閉店中の今、他店ライブハウスにて開店するGold Sounds企画にも出演します。
もしよければ、閉店中のGold Soundsの動きにもご注目ください。

出演者はいずれも今回のクラウドファンディングでも深く関わるバンドたち。本日19時時点で、137名の方にご支援いただき、達成率は55%、
期間は、残り7日間となっております。(2/27まで)

引き続き、ご支援、拡散のご協力宜しくお願い致します!

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