
伏見城の廃城後のお話です!
◆明治天皇陵造営
伏見城の廃城後、ここ伏見山(桃山丘陵)にスポットがあたったのは、1912年の明治天皇陵の造営からです。今は、静かな場所ですが、戦前は参拝客でとても賑わっていたそうです。
◆伏見桃山城キャッスルランド
更に時代は移り、1964年に、近鉄の出資により遊園地が開園されました。その名は「伏見桃山城キャッスルランド」。
私(編集長)も、子どもの頃、1年に2回ほど、遊びに行ってました。特に、桃山城のプールは大盛況でした。しかし、残念ながら、2003年に遊園地は廃園されます。
伏見のシンボル的な伏見桃山城も廃城の予定でしたが、地位住民の懇願で、京都市に無償譲渡されました。現在は、「運動公園」として、区民の憩いの場所となっています。
今も、この模擬天守は残っていますが、耐震基準の問題で、内部は非公開で、登城も出来なくなっています。更に、天守閣の屋根瓦などが落下して危険なため、現在は、天守閣周辺に規制線が張られ、近寄ることもできない状況です。伏見のシンボルなのに、非常に残念です。
参考までに、
伏見でボランティアとして活動している「伏見歴史同行会」という団体があります。この団体は、伏見市100周年(2029年)を目指して、伏見城のジオラマを作るプロジェクト立ち上げています!興味のある方は、ぜひ「伏見歴史同行会」のホームページをご覧ください。
《参考情報》
▶ 『伏見城』の豆知識【前編】
▶ 伏見歴史Do! (伏見歴史同好会)



