
【スタッフ日誌:現場からの声】
むすびつくばライズ学園では、朝夕スタッフミーティングを行っています。
そこでは、その日の子どもたちの様子や自分たちの対応を振り返ります。
困ったことがあった場合、「何(What)?」「なぜ(Why)?」を考えながら、スタッフみんなで考えます。
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これは、短編映画のワンシーン。少年がクラスメートに馬乗りになり、殴りつけています。


校長先生は、少年を「破壊的で暴力的」だといいます。家庭でのしつけにも問題があると考えている彼は、母親にこう告げます。「コントロール不能です。…ほかの学校を探してください」
もしあなたがこの校長先生の立場にあったら、あなたも同じようにしますか? もし少年があなたの身近にいたら、あなたはなんと声をかけますか?
そこで考えたいのは「何が問題なのか?」ということです。言うまでもなくその1つは、少年の暴力です。どんな理由あったとしても、それは許されるものではありませんが、問題はそれだけでしょうか?
子どもが高い熱を出したとしても、その理由がわからなければふさわしい対処はできません。しかしこのような場面に出くわしたとき、私たちは目に見える部分だけを見て、偏った判断をしてしまいがちです。
少年の行動の根本には、何があったのか? 少年はなぜ、破壊的で暴力的な行動をとったのか? そして私たちは、何をすべきだったのでしょう?



映画の中では、普通、私たちが目にすることができない、家庭での少年の様子も描かれています。その姿を見れば、「破壊的で暴力的な子」という見方が変わるかもしれません。見方が変われば、彼にかける声も、対処も変わってくるはずです。
舞台は1970年代のイギリス。映画『マイカル(MICAL)』は、ディスレクシア(読み書き障害)を抱える少年と母親の実話をもとにした作品です。半世紀以上が過ぎた今、日本ではこういった子どもたちへの理解がどれほど進んでいるでしょう? その困難が理解されず、適切なサポートが受けられずにいる子は、いまだ少なくありません。
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私自身、この映画を通して「わかったつもり」でいた自分に気づかされました。「わかったつもり」でいたことで、「見ようとする姿勢も損なわれていた」と思います。
映画『マイカル』は、ディスレクシア(読み書き障害)についてより良く理解するきっかけとなるばかりでなく、教育、子育ち支援のあり方についても考え直す機会を与えてくれる作品です。ぜひ一度ご覧になってみてください。



