
天と草原がひらく国 ― キルギスという物語
ユーラシア大陸のほぼ中央。
日本から西へおよそ5,000キロ以上、飛行機を乗り継ぎ、丸一日かけて辿り着く山の国
ー キルギス共和国。
「中央アジアのスイス」とも称されるこの国は、日本の約半分の面積に、約730万人が暮らしています。
しかし、キルギスはこれらの数字だけでは語れない、素晴らしい魅力を秘めた国です。
キルギスとは、風が歌い、山が鳴り、大地が鼓動する国なのです。
山がつくる、音の輪郭

国土の約9割が標高1,500メートル以上。
万年雪をいただく天山山脈の支脈が幾度にも連なり、白銀の峰々が空と地平を縫うようにそびえ立ちます。標高7,000mを超えるレーニン峰、そして世界自然遺産にも登録された西天山。キルギスは、壮大な山岳国家です。
雪解けの春、高原では花々が一斉に芽吹きます。万年雪のふもとに広がる草原は、一面のポピーに染まり、風が吹くたび赤い波が揺れ動く。
キルギスの音楽が、どこか透明で、どこか雄大なのは、この山々が原風景だからかもしれません。
高地に生きる人々の声は、澄んだ空気に磨かれ、遠く日本まで届くかのように響きます。
水がつなぐ、遠い国との縁

万年雪はやがて清らかな水となり、大きな青へと辿り着きます。 それが、中央アジア最大級の高山湖、イシククル湖。「熱い湖」という意味を持つこの古代湖は、標高約1,600mに位置しながら冬でも凍らず、キルギスの空と山をその湖面に映し出します。
2011年の東日本大震災の際、この国から日本へミネラルウォーターが支援物資として届けられました。
山の雪が溶け、水となり、湖となり、そして国境を越えて人と人を結ぶ。
その循環の中に、キルギスと日本の縁があります。
円環の暮らし ― ユルタと草原

キルギスの国旗の中央に描かれているのは、伝統的住居「ユルタ」の天井部分。フェルトで覆われた円形の住まいは、遊牧民の暮らしの象徴です。
草原を駆ける羊、牛、そして馬。
羊は肉となり、皮革となり、羊毛となります。伝統料理ベシュバルマクやシャシリクへ、ユルタを支えるフェルトへ、誇り高き絨毯や織物へと姿を変え、暮らしのあらゆる場面に息づいています。
牛乳はバターやヨーグルトに。馬乳は発酵し、祝祭を彩る「クムス」へ。
騎馬文化や鷹狩りは観光の演出ではなく、今も生き続ける「生ける伝統」です。
草原に羊の群れが放たれ、牛や馬が育つ風景。現在では完全な遊牧生活はほとんど見られなくなりましたが、夏には家畜とともに高原へ移動する半遊牧の文化が残っています。
自然と共に生き、命を循環させる暮らし。ユルタの天窓から差し込む光の下で、キルギスの人々は歌い、語り、物語を継いできました。
馬が刻む、鼓動のリズム

キルギスを語る上で馬の存在は欠かせません。山岳と草原に生きる人々にとって、馬は移動手段であり、財産であり、戦友であり、家族でもありました。
世界最長の叙事詩として知られる『マナス』は、山を越え、世代を越え、声から声へと受け継がれてきました。その壮大な物語の背後には、ずっと昔から共に駆け抜けてきた存在があります。
騎馬競技「コクボル」は、疾走する馬と一体となった遊牧民たちが、大地と誇りをその身に宿してぶつかり合う、キルギスの魂そのものです。疾走する馬上から山羊を奪い合うその姿は、まさに騎馬のラグビー。砂煙が舞い、蹄の音が地鳴りのように響くその瞬間、遊牧民の誇りが現代に甦ります。
伝統は博物館の中ではなく、今もなお、土煙の中で生きています。
音楽が映す「キルギスの今」

キルギスの音楽を聴くと、そこには風景があります。
山の白、湖の青、草原の緑。
そして、どこまでも広がる空。
それは異国情緒という言葉では収まりきらない、 「自然とともに生きる」という感覚そのもの。
山の記憶、水の流れ、馬の疾走。
すべてが物語となり、やがて歌となる。
音楽は風景から生まれ、風景は音楽の中に生きています。
キルギスという国は、遠い中央アジアの一角にあるだけの存在ではありません。



