昭和5年の横浜を知る為に
幕末から昭和初期までの歴史を調べた
どのようにして
国際交流が盛んになったのか、
当時の他の街と何が違うのか。
男女のファッションのトレンド
金銭の価値、カルチャー、交通、化粧
アンダーグラウンドに至るまで
思いつく全てを掘れるだけ掘った。
楽曲を作るに当たって
ここまで追求したことは過去一度もない。
来るべくして来た
表現の限界を超えるための大きな障壁だ。
過去の自分の100%だと思っていた
自分が持つ知識経験の全てが
断片的なものであったと痛感する。
それは嬉しい無力感だ。
歌詞を書く前の工程として
昭和5年の横浜とはどんな街か
説明できる領域まで知識を詰め込む。
モダンボーイ、モダンガールと呼ばれた
当時の最先端の人々の日常を肌感で知ることも必要だと感じ
1930年代のスーツのトレンドを知り
同じ型のものを作り袖を通した。
知識と経験とが掛け算とならなければ
説得力のある作品は
完成しないとわかっていたからだ。
数ヶ月かけて勉強したのち、
短編小説を書いた。
主人公と彼の間で
どの様な会話が交わされ、
どの様に距離が縮まり、
その過程でどんなことを
お互いが感じていたのか。
自分で作り出した世界だが
やけに愛着が湧くものだ。
お互いの喜びも悲しみも
自分のことの様に一喜一憂した。
数千字にも渡る文章を書き、
解像度が高まるほどに、
この壮大な物語を
3分半という限られた尺と文字数に
余す事なく落とし込むためには
どうしたらいいのか、
毎晩頭を悩ませた。
たそやマロさんの絵柄を
より活かすために、
たそやマロさんならどんな表現をするか
自分の頭の中で映像化をする。
この表現は言葉で、
この表現はアニメーションに託して、
このパート双方の表現がシンクロする必要がある。
など、様々な角度から
緻密に計画を立てる。
きっといいものになる。
このプロジェクトが大きく自分の
基準値を引き上げてくれていることを
実感している。



