金持ちと貧乏。
背が高い人と低い人。
外見に恵まれている人とそうでない人。
才能がある人とそうでない人。
国籍や肌の色。
親や兄弟、育った環境。
自分で選べず、生まれた瞬間から既に乗り越え難いほどの大きな差があり、
どれだけ努力しても、あの人のようにはなれない気がする。。
「あの人は恵まれているからできるんだ」
「こんな不公平ならやる気が起きない」
「どうしてこんな不利な条件で生きなければならないの?」
そう感じるのは、とても自然です。
そして確かに、大きな差は存在します。
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## ■ もし全員同じだったら
すべてが同じ世界を想像してみてください。
外見も、能力も、家庭も、結果も同じ。
努力しても全く差は出ない。
何をしても同じ結末。
そんな世界だったら、私たちはこう呟かないでしょうか。
「何をしても同じなら意味がない」
様々な違いがあるからこそ、お互いに、異なる、固有の物語が生まれます。
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## ■ 能力は文脈で意味が変わる
私たちは「恵まれている能力」を絶対的な価値のように感じます。
しかし実際には、その価値は文脈によって大きく変わります。
プロのスポーツ選手ほどの身体能力も、オーケストラのソリストとしてなら、ほとんど役に立たない可能性が高いです。
ファッションを極めることも、イカ釣り漁では殆ど意味を持たない可能性があります。
つまり、何かの能力が高くても、別の文脈では殆ど評価されないことが多いのです。
それは、それぞれの役割で期待されていることが全く違うからです。
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## ■ 違いは役割の入口
世の中にはおびただしい種類の役割があります。
そしてそれぞれが、固有の資質を必要としています。
環境の違いは異なる視点を、
経験の違いは理解を、
制約は工夫と独自の強みを生み出す原動力になります。
もしみんな同じ条件と環境であったなら、みんな同じ役割しか果たせません。
それぞれ違うからこそ、お互いに補い合い、様々な角度からお互いに貢献することが可能となります。
だから多様性が必要なのです。
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## ■ 比較が苦しみを生む構造
「あの人のようになりたいけどなれない」
この苦しさは、その人との差そのものよりも、
それぞれに聖書の神様から与えられた役割がそもそも違うという事を知らないことから生まれます。
役割が違うのに両者を比較すれば、どちらかは必ず劣って見えます。
しかし問いを変えると景色が変わります。
「私は聖書の神様から、何を期待され、何の役割を与えられているのだろう」
「私の条件や環境を活かした、私に出来る貢献は何だろう」
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## ■ 違いはストーリーの原動力
多様性とは現実の凹凸です。
そして期待と役割の違いから生じている凹凸は、協力のチャンスを生み、それは私たちの物語を動かします。
違いは不公平というよりも、異なるストーリーを生むエンジンです。
そしてそのストーリーは、それぞれの役割と協力をガソリンに、推進していきます。
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## ■ 問いは「なぜ私だけこんな」から「私はこれで何の役割を果たせるか」へ
不公平を感じること自体は自然で、むしろそれは重要な発見です。
そしてもう一歩進める問いがあります。
この特質を活かして、私は何に招かれているのだろう?
あなたの特質を活かしたことに、あなたは招かれています。
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## ■ あなたの支援が変えるもの
非常に多くの人々が、不平等な条件や環境を理由に自分の人生に嘆き、
「どうせ無理」と諦めて、可能性を閉じてしまいがちです。
或いは傲慢になり、周りの人たちを見下して嫌われてしまいがちです。
このクラファン・プロジェクトは、その地点で停滞している人々を救います。あなたの支援は、
- 冒頭に挙げたような違いを、優劣ではなく役割の違いとして読み直す学び
- 自分のストーリーを、他者を励ますことのできる資産として活用する対話
- それぞれが与えられた条件を活かし、貢献することができる実践の場
を生み出し、
不利だと思っていた条件がや環境が、聖書の神様から与えられた役割と貢献の入口へと変わる瞬間を生み出します。
あなたの支援は、比較に疲れた誰かが、
「もういい」と諦めず、
**「この条件には特有の価値がある」**と立ち上がるきっかけになります。
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### ■ 最後に
世界は均一ではありません。
だからこそ役割と貢献、固有のストーリーが生まれます。
異なる能力や環境は、優劣では無く、期待されている役割の違いを発見して活かす為の装置かもしれません。
世の中には無数の役割があり、それぞれが固有の資質を必要としています。
違いは、お互いを必要とする磁石です。
私たちの新しいオンライン教会は、
人々が違いを活かして支え合う場所となります。
この場所を、ぜひ一緒に作ってください。



