
5月26日に山形県酒造組合様の総会にて、講演のご依頼を賜り、「能登半島地震及び豪雨の支援活動と能登の酒蔵の現状について」お話をさせていただきました。
今回の講演のため、改めて能登の酒蔵様方へ聞き取りを行い、「能登の酒を止めるな!」プロジェクトの取材もさせていただきました。
・能登の震災と豪雨のこと、
・復興が遅い理由、
・これまでのわたしの支援活動と新たに始めた「能登の入口」プロジェクトについて、
・「能登の酒を止めるな!」プロジェクト、
・能登の酒蔵さん方の発災直後の状況、
・現在について(生産量、酒質の変化、共同/委託醸造の状況、住まい)、
・再建の目処、
・2年半経った今の心境と悩み事など
資料は130ページを超え、駆け足で話しても1時間20分近く掛かりました。長時間にも関わらず、皆様真剣にご傾聴くださり、
「自分が当たり前に酒造りができていることを感謝せねばならないのだと感じました。また、何ができるかすぐには分からなくても、頭の片隅に置いておきたいと思いました」
「報道されないから、結構、復興しているのかと思っていたけれど、3.11に比べてかなり遅いんですね。知ることができて良かったです」という言葉をいただきました。
そして、山形県の日本酒酒蔵が「杜氏」が消滅したことで酒質が低迷していた時期、酒蔵の意識の底上げから奮闘し、全国新酒鑑評会で上位常連の現在へと導いたご経験のある小関敏彦先生からは、
「今日の話を聞いて、点と点がやっと線になった状態なんだと思いましたね。まだ面になってないんだな、て。ところで、線を面に変えていくには、何が大事か分かりますか?」
と問われました。思いもよらない質問に、まったく答えが思い浮かばずにいると、
「感動ですよ。感動を伝えることが大事なんです。わたしもね、学生に教える時に、技術じゃない、歴史でもない、何か。それは、“感動を伝えること”なんです。感動したら、人は動く。線が面になっていくんです」
と。
雷に打たれたような衝撃でした。
わたしは、映画制作の頃は、当たり前に「感動を伝えること」を念頭においていたのに、震災が起きてから向こう、ムキになり過ぎて、視野がかなり狭くなっていたのでした。
そして、先生は、
「でもね、エンジンは必要。だから、貴方がエンジンになってやって来たことは正しいから、これからも頑張ってね」
と言って、握手してくださいました。なんとも嬉しいエールと、この先、復興を呼びかける身として、大事なキーワードのプレゼントでした。
能登がこの先、どういう形で歩んでいくか、わたしは、自身の「運命」として信じる道を進むしかないと感じています。
その中で、奇跡的な出来事や胸が熱くなることがたくさんあって、だから続けられるのですが、それらをもっともっと伝播していこう!と決めました。
これからも、どうぞよろしくお願いします!!



