
私は、沖縄の海とともに、生きてきました。
はじめまして!沖縄生まれ、沖縄育ち。来間 翔太です。
現在は、AGIT GLOBAL, Inc.の代理店をしながら、日中は海でSUPのトレーニングをしています。
特別な家庭に生まれたわけでも、恵まれた環境があったわけでもありません。
学生時代はバスケットボールに打ち込み、「これだけは誰にも負けない」と思える時間を過ごしていました。
けれど、怪我をきっかけに競技を続けられなくなり、それまで当たり前だった「全力になれる場所」を失いました。
急に世界が静かになったような感覚を、今でも覚えています。

SUPに出会ったのは、その少し後のことです。
最初は数キロ漕ぐだけで息が上がり、「これは遊びだな」と思っていました。
でも、距離を伸ばし、島影が少しずつ遠ざかっていく体験を重ねるうちに、海がただの景色ではなくなっていきました。
何も言わず、でも確実に前へ進ませてくれる存在。それが、海でした。
いまは競技として挑戦を続ける一方で、子どもたちや初心者に向けたSUP体験のボランティア活動にも関わり、「海は怖い場所ではなく、向き合えば学べる場所だ」ということを、自分の体験を通して伝えています。

また、SUPボードメーカー wavestorm の日本代理店としての活動も行い、競技者だけでなく、誰もが海に出るための“入口”を広げることにも力を注いでいます。
海で挑み、海で学び、海を次の世代へ手渡していく。それが、今の自分の生き方です。


沖縄の海を、眺めるだけで終わらせたくない。
正直に言います。
子どもの頃の僕にとって、沖縄の海は「誇れる存在」ではありませんでした。
実家の窓から見える海の先には、米軍基地のフェンス。
同じ青い海なのに、観光客のほうが楽しそうに遊んでいるように見えて、どこか自分は“その外側”にいる感覚がありました。
大人になっても、「沖縄は観光の島だよね」という何気ない言葉に、心の奥がざわつくことが何度もありました。

SUPで海を渡るようになってから、少しずつ、その感覚が変わっていきました。
風を読む。潮を感じる。波に逆らわず、でも流されない。
海は、ただ与えられるものではなく、自分の意思で向き合っていい場所なんだと知りました。
この海は、両親のルーツでもある宮古の島々とつながっています。
来間島から多良間島へと渡るこの海峡は、自分にとって「距離」以上の意味を持つ場所です。

宮古島には、古くから海と人の結びつきを象徴する物語があります。
1905年(明治38年)、日露戦争の際、宮古島沖に接近したロシア海軍の艦隊の存在を知らせるべく、当時通信設備のなかった島から 石垣島まで約170kmの荒波を15時間以上もサバニ(小舟)で漕ぎ渡った5人の若者がいました。
この5人は「久松五勇士(ひさまつごゆうし)」と呼ばれ、命を懸けて大海原を進んだ彼らの行動は、島の人々の責任感や覚悟、そして海に向き合う強い意志の象徴として語り継がれています。
この物語は、ただ昔の偉業を伝えるだけのものではなく、困難な状況にあっても自分たちの力で海を渡るという覚悟が、時代を越えて語り継がれてきた歴史の証です。その記憶が、今日の島の人々の心の中に根づいています。
この挑戦も、今のためだけの記録ではありません。
100年後、150年後の島の子どもたちが振り返り、「この人が、あの海を渡ったんだ」と語れる物語にしたい。
それは、久松五勇士が残したものと同じく、海と向き合い、覚悟を示した人の足跡として島に刻まれる挑戦になるはずだと信じています。
だからこそ、沖縄の人間が、沖縄の海で、世界基準の挑戦をしていいと、行動で示したいと思っています。


今回挑戦するのは、来間島から多良間島まで、約52kmのSUP海峡横断です。
52km。
この距離は、ハワイで行われる世界最高峰の海峡横断レース「Molokai to Oahu」と同じ距離にあたります。
この海峡は、外洋に近く、潮の流れが複雑で、風向きや波の高さによって状況が一変します。
途中で島影が完全に見えなくなる時間帯もあり、人力で進み続けるには、体力だけでなく判断力と経験が求められる海です。
これまで、この来間島から多良間島までの52kmをSUPで単独横断した前例はありません。
安全確保や海況判断の難しさから、挑戦そのものが現実的ではないと考えられてきた海峡です。



それでも、世界中のパドラーが「いつか渡ってみたい」と夢見る距離と同じ52kmを、沖縄の海で、沖縄出身の人間が渡ることには、大きな意味があると感じています。
山に登山道があるように、海にも、誰かが最初に切り拓く“ルート”があります。
この52kmも、一度渡って終わるための海ではありません。
記録し、語り、残すことで、「いつか自分も挑戦してみたい」と思える海峡へと育てていきたい。
一人が渡れたら終わりではなく、一人が渡ったからこそ、次の挑戦者が現れる。
この来間島と多良間島を結ぶ海を、挑戦が生まれ、語り継がれていく場所にしていきたいと考えています。

世界には、Molokai to Oahu(M2O) のように、名前そのものが挑戦を象徴する海峡横断コースがあります。
距離や記録だけでなく、挑んできた人の覚悟や物語が重なり、世界中のパドラーに「いつか渡ってみたい」と語られる海です。
僕は今回の挑戦を通して、来間島から多良間島へと続くこの52kmの海に、
KURIMATARAMA(Kurima to Tarama)という名前を残したいと考えています。
それは、自分の実績を刻みたいからではありません。
この海を、来間島、多良間島、そして宮古の人たちの未来に、“挑戦できる航路”として残したいからです。
これまで、来間島から多良間島までの52kmは、危険性や海況判断の難しさから、「挑戦の対象として語られることの少ない海」でした。
だからこそ、誰かが最初に向き合い、安全に渡り切り、記録し、語り、残す必要があると思っています。
山に登山道があるように、海にも、誰かが切り拓く“ルート”があります。
この52kmも、一度渡って終わるための海ではありません。
名前を与え、物語を残すことで、次の挑戦者が現れる海にしていきたい。
将来、海外のパドルスポーツメディアで、
「Japan’s 52km Ocean Crossing ― KURIMATARAMA」と紹介される日が来たとき。
それは、僕一人の成果ではなく、この海と、この島々が世界とつながった証だと思っています。
KURIMATARAMA は、誰かのゴールではなく、これから始まる挑戦の入口です。


無謀から始まり、少しずつ積み重ねてきました
SUPを始めたばかりの頃、正直、ここまで続けるとは思っていませんでした。
最初から強かったわけでも、誰かに期待されていたわけでもありません。
ただ、「やってみたい」「自分の力で、海を越えてみたい」その気持ちだけで、漕ぎ始めました。
振り返ると、最初の挑戦は今思えば無謀でした。でも、その無謀さがなければ、今ここには立っていないと思っています。




これまでの挑戦を通して、何度も限界を感じ、何度も助けられてきました。
一人で漕いでいるようで、実際には一人ではありませんでした。
支えてくれる人の存在や、応援してくれる言葉が、何度も海の上で背中を押してくれました。
そして2023年、ハワイ海峡横断レース世界選手権で部門別世界一という結果を残したことで、一つの確信を得ました。
沖縄の海で培ってきた感覚は、世界に通用する。
そして同時に、沖縄の海そのものが、世界に通用する舞台になり得るということです。
だから今、その確信を胸に、次の52km。
来間島から多良間島へと、挑もうとしています。

無事に帰るために、準備と支援が必要です
この挑戦で、いちばん大切にしていること。それは、「無事に帰ること」です。
海峡横断は、勢いや気合で成立するものではありません。無茶はしません。
中止の判断も、挑戦の一部だと考えています。
だからこそ、伴走船、救助体制、正確な気象判断、保険加入など、安全を守るための準備は欠かせません。
応援してくれる人がいるからこそ、命を軽く扱うようなことはできません。
皆さまからお預かりする支援金は、この挑戦を安全に、確実に、そして無事に終えるために使わせていただきます。
海峡横断は、「渡るための準備」と「帰ってくるための体制」があって、はじめて“挑戦”になります。
▼ 安全確保のための必須経費
① 伴走船チャーター費
海上での安全確保、補給、緊急時の救助のために必須です。
海況の変化に即座に対応できる船を手配します。
② サポートスタッフ費
航路管理、体調管理、緊急時対応など、挑戦を支える複数名のスタッフ体制を整えます。
③ 保険加入費
傷害保険・賠償責任保険・イベント保険など、万が一に備えた保険に加入します。
④ SUP装備・運搬費
ボード、パドル、リーシュ、予備装備一式の運搬・管理費用です。装備の不備は、即リスクにつながります。
⑤ 記録・映像制作費(撮影・編集・ドローン等)
海上での挑戦の様子や海況、ルート、判断の過程を映像と写真で記録し、後世に伝えられる形にまとめます。また、今後この海峡に挑戦したい人たちの参考資料としても活用し、安全な挑戦につなげていくための重要な記録です。
⑥リターン購入費・送料
⑦クラファン手数料
この挑戦を一過性で終わらせず、沖縄の海の価値として残すための記録です。
これらは、派手さのための費用ではありません。
命を守るための準備であり、挑戦を「挑戦として成立させるための土台」です。
皆さまの支援一つひとつが、この挑戦を“無理のない、本気の挑戦”にしてくれます。












52kmの、その先へ。ともに渡るために。
この52kmは、ゴールではありません。
来間島から多良間島へ渡るこの海は、一人の挑戦で終わるための場所ではないと思っています。
沖縄の海が、「ただきれいな場所」ではなく、挑戦が生まれ、語り継がれていく場所として残っていくこと。
そして、この島で育つ子どもたちが、「沖縄から世界へ行っていい」そう自然に思える未来。
その最初の一歩を、この52kmから始めたいと考えています。
正直、こわさはあります。
海は、いつも優しいわけじゃない。だからこそ、準備し、判断し、挑みます。
この挑戦は、支援してくれる人、応援してくれる人、そして、この海に想いを重ねてくれるすべての人と、一緒に渡る挑戦だと思っています。
この海を越えた先に、次の挑戦者が現れ、この場所が「行ってみたい」「渡ってみたい」と世界中から思われる場所になったとき、この挑戦は、本当の意味で未来に残ります。
どうか、この52kmを、一緒に渡ってください。

最新の活動報告
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【ご報告】Yahoo!ニュース掲載|皆さんの応援が全国に届きました
2026/03/14 18:00こんばんは!来間翔太です。皆さま、いつも温かい応援を本当にありがとうございます。今回の KURIMA TARAMA(来間島〜多良間島)SUP海峡横断 の挑戦について、Yahoo!ニュースおよび宮古毎日新聞で取り上げていただきました。この挑戦は、来間島から多良間島まで約52kmをSUPで横断するプロジェクトとして実施されました。世界選手権レベルの難易度とも言われる海峡で、潮の速さや大きなうねりが続く中、約6時間半で多良間島へ到着しました。新聞記事では、今回の海峡について「今まで見たことのない潮の速さや頭を超えるうねり」と表現されるほど、世界レベルの難易度の海峡だったことが紹介されています。今回の挑戦は、単なる距離や記録への挑戦ではありません。この海を「KURIMA TARAMA」という航路として未来に残すこと。そして、沖縄の海が世界に誇れる挑戦の舞台であることを、次の世代へ伝えること。そんな想いで取り組んできました。こうしてメディアで紹介していただけたのも、クラウドファンディングで支えてくださった皆さま、応援してくださった多くの方々のおかげです。改めて、この挑戦を応援してくださっているすべての皆さまに心から感謝いたします。これからも海・島・文化をつなぐ挑戦を続けながら、KURIMA TARAMAという航路を世界に広げていきたいと思います。引き続き応援どうぞよろしくお願いいたします。 もっと見る
【感謝】島にたどり着いた瞬間。航海の意味を教えてくれた“夜光貝の首飾り”
2026/03/14 13:22こんにちは!来間翔太です。皆さま、いつも温かい応援を本当にありがとうございます。今回の挑戦を支えてくださった皆さまへの感謝の気持ちを込めて、島に到着した瞬間の出来事をお伝えさせてください。多くの方の支えの中で挑んだ KURIMATARAMA 海峡横断。多良間島にたどり着いたとき、胸の奥から込み上げてくるものがありました。そのとき、琉球夜光貝 aoi さんから、夜光貝で作られた首飾りをかけていただきました。首飾りをかけてもらった瞬間、「やっと航海を安全に終えたんだ」という実感が一気に押し寄せてきて、嬉しさと安堵で胸がいっぱいになりました。この首飾りを制作してくださったのは、夜光貝アーティストのTakeru Itoさん。https://www.instagram.com/takeru.ito85?igsh=b244aHIydnVuNHRnネックレスをよく見ると、そこには今回の航海の物語が込められていました。・KURIMA TARAMAの海峡で出会った 大きな波・島と島を結ぶ 航路・背中を押してくれた 追い風・そして、一緒に命をかけて渡ってくれた SUPボードあの海で感じたすべてが、一つの作品として表現されていました。まるで今回の挑戦そのものを、海が形にしてくれたような首飾りでした(涙)この挑戦は、決して僕一人で成し遂げたものではありません。クラウドファンディングで応援してくださった皆さま、祈ってくださった島の方々、支えてくれた仲間たち。皆さまの応援や想いがあったからこそ、無事に島へ辿り着くことができました。この首飾りは、今回の挑戦と、皆さまの応援の証としての宝物になりました。改めて、応援してくださったすべての皆さまへ。本当にありがとうございます。これからも、この挑戦をきっかけに生まれたご縁や想いを大切にしながら、海・島・文化をつなぐ活動を続けていきたいと思います。引き続き、どうぞよろしくお願いいたします。 もっと見る
KURIMATARAMA 海峡横断を達成しました。支えてくれたすべての皆さんへ、心からの感謝を。
2026/03/11 19:36こんばんは!l来間翔太です。皆さま、いつも温かい応援を本当にありがとうございます。このたび、宮古島から多良間島への海峡横断に無事成功しました。まずは、この挑戦を支えてくださった皆さまに心から感謝申し上げます。KURIMATARAMA出航の様子https://youtu.be/sunZoJV3U5g挑戦当日の朝、スタート地点には多くの方が見送りに来てくださいました。母親や親戚、そして宮古島SUP協会の仲間たちや宮古島で応援してくれている大切な方々です。海へ出る前にストレッチを行い、最後に皆で手をつないで輪をつくりました。島の文化がこれからも受け継がれていくこと、そしてこの海に関わる人たちの平和と繁栄を祈り、出航しました。アウトリーフでサポート船と合流し、船長とその日の潮の流れを確認。そこから多良間島に向けて漕ぎ出しました。スタート直後から、この海峡の難しさを感じるコンディションでした。満潮に向かう南からの潮のうねりと、前日まで吹いていた強い北風のうねりが重なり、海面は複雑な状況になっていました。想定していたほど追い風は強くなく、自分の漕ぎが中心になる展開でしたが、うねりの中で乗れる波を見極めながら、波の力を利用して進みました。船長の潮の読みと、サポートメンバーによる補給にも支えられ、25km地点までは順調に進むことができました。その頃、この挑戦を知っていた多良間行きのフェリーが近くを通り、汽笛を鳴らして応援してくれました。フェリーには多良間へ向かう母親や親戚も乗っており、乗客の皆さんからも手を振って応援をいただきました。海の上で受けたその応援は、大きな力になりました!後半は身体への負担を分散させながら、筋肉がつらないよう意識して進みました。35kmを超えた頃、水平線の向こうに山のない多良間島のシルエットがうっすら見えてきました。6時間ほど漕ぎ続けて多良間島に近づくと、潮の流れはさらに複雑になります。それでも一漕ぎずつ前に進み、無事に多良間島へ到達することができました。今回の挑戦は、自分一人の力では決して達成できなかったと思います。見送ってくれた家族や仲間、海の上で応援してくれた方々、そしてこのプロジェクトを応援してくださる皆さまの存在が大きな支えでした。今回の海峡横断は、単なるチャレンジではなく、KURIMATARAMAプロジェクトに込めた想いを形にする一歩でもありました。来間島と多良間島。この海を挟んでつながる島々の文化、歴史、人の想い。この海は、ただ隔てる海ではなく、人と人、島と島をつなぐ海だと思っています。今回の挑戦を通して、そのつながりの意味や、島の文化、海の尊さを少しでも多くの方に伝えられたなら嬉しく思います。そして、このKURIMATARAMAプロジェクトを通して、海と島の魅力、そして文化を未来へつないでいく活動を、これからも続けていきたいと思っています。改めて、応援してくださった皆さまに心から感謝いたします。本当にありがとうございました。クラファンも残り4日となりました。引き続き、どうぞよろしくお願いいたします。心からの感謝を込めて。 もっと見る





海峡横断チャレンジ成功おめでとうございます
応援します✊🔥