"奇跡の”有機JAS認証パイン農園存続・未来へ!世界自然遺産・沖縄西表島から挑戦

西表島がある沖縄県八重山地方は、国産ブランドパインの約50%を生産しています。しかし現状、農家の高齢化や外国産パインの圧倒的な価格競争力により、国産ブランドパインは押し負けています。極上の有機栽培パインで国産ブランドパインの競争力を高め、パイン農家が安心して生産できる環境と後世育成の土台を作ります。

目標突破
ネクストゴール挑戦中!

現在の支援総額

1,435,500

143%

ネクストゴールは1,600,000円

支援者数

89

募集終了まで残り

17

"奇跡の”有機JAS認証パイン農園存続・未来へ!世界自然遺産・沖縄西表島から挑戦

目標突破
ネクストゴール挑戦中!

現在の支援総額

1,435,500

初期目標100%突破

あと 17
143%

ネクストゴールは1,600,000

支援者数89

西表島がある沖縄県八重山地方は、国産ブランドパインの約50%を生産しています。しかし現状、農家の高齢化や外国産パインの圧倒的な価格競争力により、国産ブランドパインは押し負けています。極上の有機栽培パインで国産ブランドパインの競争力を高め、パイン農家が安心して生産できる環境と後世育成の土台を作ります。

【西表島のパイナップルの歴史②】
 ― 缶詰工場の時代(後編)―

1960年代、西表島では
パイナップル栽培がさらに広がり、
島の暮らしを支える
大切な作物になっていきます。

当時、缶詰用パインの買取価格は
1kgあたり4〜6円ほど

大学卒の初任給が
1〜2万円ほどの時代だったことを考えると、
このころはパイナップルが
農家にとって大きな現金収入だったと
言われています。

当時主流だった品種は
スムースカイエン(ハワイ種)

このころは生食用ではなく、
缶詰用のパイナップルだったため、

皮が割れていても、
味があまり良くなくても問題はなく、

とにかく大きく、重いパイナップルを作ることに
力が注がれていました。

肥料を多く使い、
2〜3kgもある大きなパインを作り、

馬車やトラックに
山のように積んで
工場へ運び込んだそうです。

その後、海外から
安価な缶詰が輸入されるようになり、
西表島のパイン産業は
少しずつ影響を受け始めます。

さらに1971年の輸入自由化によって、
海外から安価な生食用パイナップルも
大量に入ってくるようになりました。

こうして西表島のパイン産業は
大きな転換期を迎えることになります。

そして西表島のパイナップルは、
缶詰工場の時代が終わるとともに、
缶詰用から生食用へ
少しずつ変わっていくことになります。

その話は、また次回。
お楽しみに。

西表島アナナス農園
江袋 正和

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