前回は、支援施設の訪問を通して感じた「居場所づくり」についてお伝えしました。今回は、長野での対話の中で見えてきた「地域と不登校の関係」についてお話しします。今回、いろいろな方とお話しする中で強く感じたのは、不登校のしんどさは、家庭や本人だけの問題ではないということです。むしろ、・地域の空気・学校文化・周りの価値観これらによって、大きく左右されているという現実がありました。例えば、こんなお話がありました。「みんなと同じでなければいけない」という空気が強い地域では、・少しでも外れると違和感を持たれやすい・前例がないことは認められにくい・「昔からそうだから」という理由でルールが続いているそして何より、子どもの声よりも「周りからどう見られるか」が優先されてしまうこういった環境の中では、学校に行けないこと自体よりも“行っていないことへの周囲の目”の方が、しんどさを大きくしてしまうということが起きています。さらに印象的だったのが、同じ「フリースクールに通う」という選択でも、地域や学校によって扱いが変わるという話です。ある地域では出席扱いになるのに、別の地域では欠席扱いになるしかもそれが、制度ではなく校長先生の判断で決まるケースもあるこれを聞いたときに、子どもたちの未来が、環境によって左右されてしまう現実を改めて感じました。また、地方ならではの課題として、そもそも通える場所が少ない移動手段がない距離的に通うのが難しいという「物理的なハードル」もあります。都市部であれば選べる選択肢が、地方ではそもそも存在しない、ということもあるのです。だからこそ、不登校=本人の問題不登校=家庭の問題と単純に捉えることはできません。環境が違えば、難易度もまったく変わるこれが現実です。ただ一方で、希望もあります。以前お会いした方の中には、地域の当たり前に違和感を持ち一人でも声を上げ少しずつ変化を起こしている方もいらっしゃいました。PTAのあり方を変えようとしている方子どもの意思を大切にする関わりを続けている方新しい居場所を作ろうとしている方です。こうした動きは、すぐに大きく変わるものではないかもしれません。それでも、一人が動く↓共感する人が増える↓少しずつ空気が変わるこの積み重ねが、確実に変化を生んでいくのだと感じました。今回の遠征を通して、「不登校でええやん」という言葉の意味も、より深くなったなと思います!それは、学校に行かなくてもいい、という単純な話ではなく・その子に合う環境を選べる社会をつくる・そのために選択肢を増やす・そして、選んでも責められない空気をつくるということだと、改めて感じています。次回は、「なぜ“親への支援”が重要なのか」「子どもを変えるのではなく、何を変えるべきなのか」というテーマについて、お話ししていきます。




