
第1回:120年の系譜。「江戸」の魂が足利で生き続ける理由
――はじめに
日光商事の川村です。現在、私たちが挑戦している「ビニロン」のクラウドファンディング。そのコラボリターン品の一つとして、同じ足利の地で120年続く「初山染工」さんの炭染を取り入れさせていただくことになりました。なぜ、いま「足利の炭染」なのか。ビジネスの最前線で戦う皆様にこそ知ってほしい、職人・初山社長との対談。全4回の連載形式でお届けします。
かつて300軒あった染色工場が、20軒以下に。
川村(日光商事):初山社長、本日はよろしくお願いします。まずは初山染工さんの成り立ちから伺えますか。
初山(初山染工):はい、よろしくお願いします。うちは明治39年(1906年)頃、私の曾祖父がこの足利にやってきたのが始まりです。
当初は柔道や坊術を教えていたそうですが、それでは食えなくてね。当時、一大産地として活況を呈していた足利銘仙の染色業に参入したんです。
川村:明治から数えて、初山社長で4代目。激動の時代を乗り越えてこられたわけですが、足利の街も随分変わりましたよね。
初山:ええ。かつて足利には300軒もの染色工場があり、街中に機織りや染色の音が響いていました。それが今や、法人格を保っているのは20軒あるかないか。
安価な海外製品や大量生産の波に押され、多くの仲間が廃業していきました。でも、うちは「江戸から続く技法」があったからこそ、今日まで残れたのだと思っています。
足利で「江戸」を染める。唯一無二の技法「防染」
川村:「江戸から続く技法」とは、具体的にどのようなものですか?
初山:私の実家はもともと埼玉県八潮市で江戸小紋や江戸浴衣を作っていました。そのルーツにあるのが「防染(ぼうせん)」という技法です。
足利の染色では、色を抜いて白く見せる「抜染(ばっせん)」が主流でしたが、うちは江戸のやり方、つまり「最初に糊をつけて、染料が入らないようにしてから染める」という防染にこだわりました。
川村:手間のかかる防染にこだわったのは、なぜでしょう?
初山:仕上がりの「白」の鋭さが全く違うからです。糊で守られた部分は、生地本来の白さが際立つ。この江戸の魂とも言える美しさが、大量生産品にはない価値として認められてきたんです。
守るべきは「誇り」
川村:歴史を守るだけでなく、それを現代にどう繋ぐか。初山社長の言葉からは、単なる伝統への固執ではない信念を感じます。
初山:ただ古いものを守るだけでは意味がない。流行に流されず、「江戸の技法」に裏打ちされた本物を作り続ける。その誇りがあったからこそ、淘汰の時代を生き抜くことができました。いま、ビジネスの世界でも「本物」が求められていると感じます。私が炭染を続けているのも、その答えの一つなんです。
おわりにーー
ただ古いものを守るのではなく、本物であり続けるための姿勢。初山社長の言葉から、足利の地に受け継がれてきた歴史の重みと誇りを改めて実感しました。
次回は、この伝統技術に加え、「炭染め」という手法が生まれたのかについて伺います。



