注目のリターン
この社殿を、失うわけにはいかない。
1793年から続いた祈りが、いま途絶えようとしています。きっかけは、2018年の大阪府北部地震。その後も相次ぐ台風が、230年の社殿を繰り返し傷めてきました。
柱には亀裂が走り、屋根は浮き、鬼瓦が落ちました。壁の漆喰は剥落し、基礎は陥没しています。応急的にブルーシートで覆いながら、日々の祈りを続けている状態です。
高槻市有形文化財の指定を受けたこの社殿は、本来であれば定期的な修繕により次世代へ引き継がれてきた建物です。しかし、このまま修復されなければ、構造部分の損傷が広がり、修復可能な範囲を超えてしまいます。
同じことが、日本各地で起きています。
全国に約8万社ある神社のうち、神職はわずか約2万人。担い手不足と老朽化により、毎年150〜180社の神社が失われ続けています。永井神社で起きていることは、日本中の神社で同時に進行している現実です。
だからこそ、この社殿の修復は、永井神社だけの事業ではありません。次世代へ「祈りの場所」を手渡すための、一つの挑戦です。



野見神社 宮司 福本章一郎より
この社殿を、失うわけにはいかない。
その思いが、私をここに立たせています。
安産を願う日も、成長を祝う日も、新しい一年の無事を祈る朝も。幾世代にもわたり、変わらぬ祈りが、この杜に重ねられております。
しかしながら、社殿ならびに拝所は、永年の風雪を経て、いま修復の時を迎えております。これは単なる建物の補修ではございません。この地で受け継がれてきた「祈りの時間」を、次の世代へとつなぐための大切な節目でございます。
ここ数年、私のもとには、同じように社殿の修復に苦心されている全国の神社の方々から、お声が届くようになりました。
日本各地で、祈りの場所が静かに失われつつあります。 担い手が減り、資金が届かず、やむなく閉じられていく社殿が、毎年百を超えて存在します。
永井神社もまた、その岐路に立っております。しかし、一社が守られれば、それは次の一社を守る勇気となるはずです。一つの社殿を、全国の皆さまと共に未来へ手渡す。 その挑戦が、日本の祈りの場所を守ろうとする動きの、小さな一歩となることを信じております。
百年先に、この杜を訪れる方々が、変わらず手を合わせることができるように。そして、全国の社殿もまた、同じように守られていきますように。
地域の一社ではなく、日本の神社文化を次の世代へつなぐ挑戦として、 皆さまの御志を賜り、ともに未来をお守りいただけましたら幸いに存じます。
野見神社 宮司 福本章一郎

1793年から、この地で守り続けてきた祈り
永井神社は、野見神社境内に鎮座する摂社です。江戸時代、この地を治めた歴代藩主によって厚く崇敬されてきた、230年以上の歴史を持つ神社です。
権現様式の社殿と唐門は高槻市有形文化財に指定されています。江戸期の地方藩主が、自らの信仰と領地への想いを形にした建築物として、国内でも貴重な遺構の一つです。
日本各地には、同じように地域の藩主や領主の祈りによって建てられた神社が数多く存在します。その多くが、時代の変化とともに担い手を失い、修復の機会を得られないまま姿を消しています。
永井神社は、その「地域の祈りの系譜」を今に伝える、一つの象徴です。
永井神社 鳥居・唐門(高槻市有形文化財)
寛政五年 (1793年) |
九代藩主・永井直進公が、初代藩主・永井直清公を祭神として迎え永井神社を創建しました。高槻の礎を築いた先人への深い敬意が、この地に刻まれました。以来、永井神社は歴代藩主から厚く崇敬される神社となります。 |
嘉永元年 (1848年) |
十一代藩主・永井直輝公が、直清公の高槻城入城二百年を記念して社殿を大規模に修復。唐門と拝所を新たに造立し、その信仰の深さを後世に示しました。現在も有形文化財として残る権現様式の建築は、この時期に形を整えたものです。 |
平成十七年 (2005年) |
権現様式の社殿と唐門が高槻市有形文化財に正式指定されました。230年以上の歴史を持つこの建造物の価値が公式に認められ、地域の文化遺産として保護の対象となりました。 |

祭神 永井直清公について



あなたの支援の行き先
いただいた支援は、社殿の修復をはじめとする御造営事業に使わせていただきます。一円一円が、1793年から受け継がれてきた祈りの場所を、次の世代へ手渡す力になります。
そして、この支援は永井神社だけに留まりません。一つの社殿を守りきることが、全国で修復の機会を待つ神社への希望となります。 あなたの一歩が、日本の祈りの場所を守る道筋を、次の一社へとつなげていきます。





支援者へ、神社からの御礼
あなたの支援に、神職の祈りを込めてお返しします。いずれのお礼の品にも、永井神社での祈祷が入っています。
大阪に足を運べない方にも、お守り・御朱印・葉書などの形で、永井神社の祈りをお届けします。 全国どこにいても、この杜とつながっていただける品をご用意しました。

よくあるご質問
Q. All-in方式とはどういう意味ですか?
A. 目標金額に達しなくても、集まった支援金は全額永井神社に届きます。支援が1円でも集まれば、プロジェクトは実行されます。あなたの支援が無駄になることは、一切ありません。
Q. 目標金額を超えた場合、超過分はどうなりますか?
A. 目標金額を超えてご支援いただいた場合も、すべて永井神社の御造営事業(社殿修復・境内整備)に充てさせていただきます。超過分の使途については、プロジェクト終了後に活動報告にてご報告いたします。
Q. リターンはいつ届きますか?
A. 修復工事の進捗に合わせてお届けします。御礼葉書は工事完了後(2026年春頃予定)、お守りは工事完了後の祈祷が終わり次第、順次発送いたします。
Q. 現地を参拝することはできますか?
A. はい、野見神社の境内に鎮座しておりますので、いつでもご参拝いただけます。修復工事期間中は一部立入制限がある場合がございます。
Q. 領収書・寄付金控除の対象になりますか?
A. CAMPFIREを通じた支援は、現時点では寄附金控除の対象外となります。ご不明な点は事前にお問い合わせください。
最新の活動報告
もっと見るブルーシートの下に、230年がありました。
2026/04/16 18:11ご支援いただいている皆さまへ。野見神社 宮司の福本でございます。昨年秋、永井神社の修復工事が始まりました。ブルーシートを外したその瞬間、230年分の土と瓦が、静かに姿を現しました。宮大工の方々は、一言も言葉を発せず、ただ黙々と、一枚一枚を手で取り除いていきます。───────────────────────────────────────────やがて本殿が、クレーンでゆっくりと吊り上げられました。長い年月をこの地で過ごしてきた社殿が、初めて地を離れる瞬間でした。熟練の宮大工でなければ成し得ない、230年の歴史への深い敬意が宿る作業です。その光景を前に、言葉を失いました。───────────────────────────────────────────これが、皆さまの支援が動かした現場です。───────────────────────────────────────────現在の支援総額は186万円。目標の500万円には、まだ距離があります。宮大工の方々はすでに動いてくださっています。完成は、今年5月の予定です。どうか引き続き、この修復にお力をお貸しください。また、周りに日本の歴史や文化財を大切にされている方がいらっしゃれば、このページをお伝えいただけますと幸いです。───────────────────────────────────────────230年の祈りを、次の世代へ。野見神社 宮司 福本 章一郎 もっと見る







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