日本最後の烏梅を、次の舞台へ。
― 全国大会への挑戦は、皆さんと一緒に決めたい ―
はじめまして。
奈良・月ヶ瀬で1300年の歴史を持つ梅の加工品「烏梅(うばい)」を受け継いでいる、
梅古庵の中西謙介です。現在、この技術を継承しているのは、私たち梅古庵一軒のみとなりました。
烏梅は目立つ存在ではありません。
それでも、確かに日本の歴史と暮らしの中で生きてきた営みです。
烏梅とは ― 過去から今へ続く役割
烏梅は、完熟した梅を蒸し焼き、燻製と天日干しを重ねてつくる、
千三百年以上前から続く梅の加工品です。
遣隋使によって薬として奈良に伝えられ、日本最古の医学書『医心方』には、
身体を整える薬として記されてきました。
現代では、その知恵を受け継ぎ、烏梅は薬膳茶として、人の暮らしに寄り添う
存在になっています。日々を健やかに巡らせるための、支えとして。
一方で烏梅は、染めの世界でも重要な役割を果たしてきました。
延喜式にも記される紅花染めでは、発色と色止めを担う、欠かせない存在です。
その色は、晴れの場や祈りの場を彩ってきた、高貴な色でした。
明治以降、化学染料の普及によって、この技法は一気に姿を消していきました。
それでも今なお、格式を重んじる場や、千年単位の時間を生きる場所では、
変わらず使われ続けている色があります。
■ このクラウドファンディングについて
今回のプロジェクトは、目標金額を達成した場合のみ成立する
All or Nothing方式で実施します。
そしてもうひとつ、私自身が大切にしたい目標があります。
それは、50名の共感者とともに次の一歩を踏み出すこと。
烏梅は、大量生産できるものではありません。だからこそ
「共感してくれる人の数」をこの挑戦の指標にしたいと考えています。
■ 目標達成後、全国大会へ挑戦します
地域の隠れた逸品を発信する舞台「にっぽんの宝物グランプリ全国大会」
ありがたいことに、出場のお声がけをいただきました。
この舞台に立つ目的は、賞を取ることではありません。
まだ知られていない烏梅という文化を、全国へ届けること。
目標を達成し、多くの方と想いを共有できたなら、
全国大会という次の舞台へ進みます。
■ 吉野杉の新しい器に入れた、特別な烏梅
今回お届けする烏梅は、奈良・吉野の杉を使った
新作の特別容器に入れてお届けします。
木を使うことは、見た目の美しさだけではありません。
・プラスチック使用量の削減
・CO₂を吸収してきた木材の活用
・吉野の森の循環を守ること
につながります。
そして器づくりには、木工だけでなく多くの職人の技術が関わっています。
烏梅という存在を残すことは、そうした職人の営みを未来へつないでいくことでもあります。
■ リターン内容
吉野杉の新作容器入り 烏梅
1個 6,980円(税込み、送料込み)
1300年前から受け継がれてきた製法そのままに、
梅の果実を蒸し、燻し、干し、長い時間をかけて作り上げています。
自然素材だけで生まれる深い黒。
今だけの特別なかたちです。
■ なぜこの挑戦を、皆さんと進めたいのか
烏梅を全国へ発信するために、
今回、新しい舞台へ挑戦しようとしています。
けれど、その一歩を支えてくれるのは、
大きな数字ではなく、
顔の見える一人ひとりの存在だと感じています。
烏梅は大量生産することで続いてきたのではなく、
季節の火を見守り、その価値を受け取ってくれる人たちの存在が、
次の一年を支えてくれていました。
今回も、ただ賞を目指すのではなく
「共に進もう」と思ってくださる気持ちの重なりを
大切にしたいと考えています。
共感が重なった先に、全国へ踏み出す意味が生まれる。
そう信じて、この挑戦を始めます。
■スケジュール
クラウドファンディング募集締切 2026年2月20日
にっぽんの宝物グランプリ全国大会エントリー 2026年2月21日
にっぽんの宝物グランプリ全国大会 部門大会 2026年2月28日
にっぽんの宝物グランプリ全国大会 総合 2026年3月1日
■ 最後に
私の家には、代々受け継がれてきた言葉があります。
「天神さんをお祀りするつもりで、売れても売れなくても梅を焼け」
それは、経済活動のためだけではなく、
自然への感謝や祈り、日々の営みを大切にする心を忘れないための言葉だと思います。
烏梅を未来へ。
森と職人の循環を次の世代へ。
烏梅は脇役であり、大きく主張する存在ではありません。
そして静かに火を守り続けてきた先人たちがいました。
その火を、もう少し先へ。
もしこの営みに共鳴していただけたなら、
この小さな挑戦の仲間になっていただけたら嬉しいです。
最新の活動報告
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完熟梅ジャム
2026/10/27 21:452年連続 奈良市代表梅古庵 完熟梅ジャム採用 奈良県のグルメイベント 本日、奈良県の4市町村の首長が集まりNARAD EAT FESTIVALの記者会見が開かれました。このイベントは、奈良県内の4市町村、奈良市、田原本町、吉野町、明日香村がそれぞれ食材を持ち寄り、奈良のシェフがその魅力を生かした料理に仕立てるものです。今年は、世界遺産で話題の明日香村の石舞台古墳に隣接する「ブランシエラ 石舞台テラス」のシェフが料理を担当されました。奈良市代表で梅古庵の完熟梅ジャムが採用されました。昨年の3年熟成梅干しに続き2年連続2回目の採用です。記者会見では奈良市の仲川市長に完熟梅ジャムを持っていただき記念撮影。私は紅花染めのネクタイを締めて烏梅をPR。昨年に引き続きの紅花染めネクタイは仲川市長がよく覚えてくださっていました。奈良の食と歴史と文化が繋がるイベントに紅花染めネクタイがよく映えると好評でした。明日香村のブランシエラ石舞台テラスのシェフが考案されたのは、イゲタ醤油さんの白味噌と完熟梅ジャムを合わせた、梅風味の酢味噌ドレッシングです。私も実際にいただきましたが、酢の代わりに梅ジャムの酸味を生かした、とても上品な味わいでした。食べ放題の野菜サラダがどんどん進むおいしさでした。梅古庵の完熟梅ジャムは、樹の上で十分に熟した梅を使って作っています。梅といえば、青梅を使った梅シロップや梅酒を思い浮かべる方も多いと思いますが、樹で完熟した梅は、青梅とは香りも味わいも異なります。完熟梅の芳醇な香りと、まろやかな甘酸っぱさが魅力です。完熟梅は傷みやすく市場には出回りません。梅農家だからこそ作ることのできる特別な味わいです。月ヶ瀬で育まれた梅が、料理人の手によって新たな一皿へと仕上がりました。ぜひ、NARAD EAT FESTIVALを通じて、奈良の豊かな食の魅力に触れてみてください。#奈良市#完熟梅ジャム#紅花染め#烏梅#梅古庵 もっと見る
山形の豪商
2026/10/23 22:17先日、紅工房にご来店いただいたのは江戸時代に山形の紅花交易で財を成した豪商・堀米家の末裔、現在はベルギー在住のアーティストの方でした。紅花は、飛鳥時代から宮中で重宝され染料として用いられてきました。平安時代の法典『延喜式』には、紅花の貢納に関する記録が残されています。当時、紅花の生産地として記されているのは伊賀や伊勢など、都に近い近畿圏でした。その後、紅花の栽培は各地へと広がります。江戸時代には最上川流域の肥沃な土地と、京都へとつながる海路を背景に、山形の紅花は発展しました。最上川を下り、北前船を通じて京都へ運ばれます。京の女性たちの唇を彩る紅や、装束を染める原料となりました。その紅色を生み出す工程で大切な役割を果たしてきたのが、奈良・月ヶ瀬で作られてきた烏梅です。山形県河北町にある紅花資料館は、紅花商人として栄えた堀米家の屋敷跡です。堀米家は、江戸時代に紅花などの集荷・出荷によって財を成し豪商へと発展しました。紅花が山形の人々の暮らしを支え、交易によって地域が繁栄しました。その歴史につながる堀米家の末裔でアーティストのMichiko Van de Veldeさんは、ベルギーで日本茶を広める活動をされているtoridoriさんと共に紅花文化を伝える本を執筆中です。今回のご縁の始まりは、toridoriさんの山形旅行。旅の途中、たまたま開いていた染め工房『鈴正』さんを訪ねます。そこで教わったのが、紅花染めに欠かせない烏梅の存在と、今も作り続けているのが、奈良・月ヶ瀬にある梅古庵一軒だけだということでした。その翌日、Michiko Van de Veldeさんが旧知の鈴正さんを訪問します。「昨日、ベルギーからtoridoriさんという方が来られましたよ」そんな話から、二人はベルギーで会い、紅花に関する本を一緒に執筆することになりました。紅花染めに欠かせない烏梅は、最盛期には月ヶ瀬で製造所が約400軒もありました。明治時代に化学染料の発明によって需要が失われ、製造所は次々と閉鎖されます。その中でも私の中西家には「天神さんをお祀りするつもりで、売れても売れなくても梅を焼け」という言葉が伝えられてきました。烏梅を作り続け、梅古庵一軒だけが残りました。化学染めが発展し、古式の製法による紅花染めをされる方は少なくなりました。烏梅の売上もごくわずかなものでしたが、私はその中にも可能性を探し、作り続けるだけではなく烏梅の価値を高める必要があると考え活動を始めました。そして価値を高めながら販路を広げてきた今は道半ばです。今回お客様から率直な質問をされてびびりましたが、率直な質問をされないようにするのも私の役割だと思いましたw江戸時代に紅花交易で栄えた山形と、南北朝時代から紅花染めを支えてきた月ヶ瀬の烏梅。山形の染め工房から繋がったベルギーとのご縁。お二人の紅花の本の完成を楽しみに待ちたいと思います。Michiko Van de Veldeさんは京都市の便利堂ギャラリーにて3月まで個展を開催中です。@michikovandevelde@toridori_cha#紅花#烏梅#梅古庵 もっと見る
十二単
2026/10/19 23:02先日、衣紋道山科流の若宗家・山科言親さんが奈良教育大学附属中学校で十二単の着装の出張授業をされるとのことで、特別に見学のお誘いをいただきました。十二単の着装を拝見するのは初めてで、中学生の皆さんと一緒に日本の宮廷文化に触れる大変貴重な機会となりました。この日の装束は萌木色や紅梅色など、春を思わせるさわやかな色彩。重なる衣の色の組み合わせによって、季節や自然を表現する『かさね色目』装束は美しく着飾るためだけのものではありません。色や形、着装の決まりなどから、その人の身分や官職、宮中での役割などを読み取ることもできたそうです。山科言親さんのお話が大変興味深く分かりやすいものでした。十二単という呼び名から、十二枚の衣を重ねる姿を想像しますが、実際の衣の枚数は時代によって異なり、より多くの衣を重ねていた時代もあったそうです。山科家は、平安時代までさかのぼる公家の家柄。宮中の装束に関わる役割を担い、その知識や技術を代々受け継いでこられました。着装を担われたお二人の美しい所作。無駄のない動きと互いの呼吸を合わせる手際。長い年月をかけて磨かれてきた技術を感じました。装束を彩る紅色の表着には梅の紋様が織り込まれていました。千年を越えて受け継がれてきた紅色を、今も烏梅が支えています。千年以上前の文化や技術を、現代に再現できること。言語が残っていること、それを支える知識や技術を受け継ぐ人々が今もいること。奥深い文化と長い歴史に触れ、日本への誇りを改めて感じる時間となりました。貴重な機会をありがとうございました。#十二単#山科流#装束#烏梅#梅古庵 もっと見る




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