
いつもオケタニ石鹸復刻プロジェクトを応援いただき、ありがとうございます。
オケタニコスメ代表・久保敏朗へのインタビューを、泡の妖精「アワちゃん」とともにお届けする全8話のシリーズ。
第3話では、オケタニ石鹸の販売を続ける中で、最も大変だったことについて聞きました。
第3話「販売を続ける中で一番大変だったこと」
オケタニ石鹸は、自社の商品を製造するだけでなく、他社から依頼を受けて商品を作るOEMの仕事にも携わっていました。
OEMとは、依頼を受けた会社の商品を、その会社に代わって製造する仕事です。
製造を続けていくためには、商品の品質だけでなく、利益をきちんと確保しながら、納期や作業工程を細かく調整しなければなりません。
久保敏朗によると、当時はこうした段取りや日程の調整に、多くの時間を費やしていたそうです。
そして、オケタニ石鹸のホームページを通じて商品の存在が知られるようになると、注文は少しずつ全国へ広がっていきました。
多くの方に商品を知っていただけることは、大変うれしいことです。
しかし、注文が増えれば、当然それに応えるための製造量も増えていきます。
生産量は瞬く間に大きくなり、製造する数量や作業の予定を調整しながら、毎日の注文に対応していく日々が続きました。
一つの注文に応えるためには、原材料をそろえ、製造の順番を決め、必要な数量を作り、出荷できる状態まで整えなければなりません。
販売が広がるほど、その裏側にある製造現場では、より細かな判断と対応が必要になっていったのです。
それでも久保敏朗は、当時を振り返り、
「製造への対応に毎日追いかけられていましたが、それが楽しかったんです」
と語ります。
忙しさの中にも、オケタニ石鹸を求めてくださる方が増えているという実感がありました。
大変だからこそ、届けられたときの喜びも大きい。
お客様からの注文に応え続けることが、久保敏朗や製造現場にとって、大きなやりがいになっていたのだと思います。
オケタニ石鹸の歴史は、職人の技術だけでなく、商品を求めてくださった皆様の声によっても支えられてきました。
ぜひ、漫画とあわせてご覧ください。
次回の第4話では、「オケタニ石鹸が消えると決まった時の気持ち」についてお届けします。
大切な石鹸を残したいと願いながらも、どうすることもできなかった久保敏朗。
その時に感じた悲しさと苦しさ、そして復刻へとつながっていく思いをお伝えします。
引き続き、オケタニ石鹸復刻プロジェクトを見守っていただけましたら幸いです。



