養鶏×AI×福祉。卵の選別を『誰もが輝ける仕事』にする三代目の挑戦!

250年の歴史を持つ養鶏農場が10万羽を失った火災を越えて、大学・地元・企業・行政が一体となり、AIと福祉で障がい者の就労を支える『コロンブスのたまご』プロジェクト。多くの仲間が共感する未来を、スピードを落とさず実現したいです。

現在の支援総額

260,000

8%

目標金額は3,000,000円

支援者数

28

募集終了まで残り

48

養鶏×AI×福祉。卵の選別を『誰もが輝ける仕事』にする三代目の挑戦!

現在の支援総額

260,000

8%達成

あと 48

目標金額3,000,000

支援者数28

250年の歴史を持つ養鶏農場が10万羽を失った火災を越えて、大学・地元・企業・行政が一体となり、AIと福祉で障がい者の就労を支える『コロンブスのたまご』プロジェクト。多くの仲間が共感する未来を、スピードを落とさず実現したいです。

「アイナン産業は250年の歴史がある」とお伝えしてきましたが、その根拠となる貴重な記録について、本日は詳しくお話しします。

1728年(享保13年)——記録の始まり

私たちの手元にある過去帳には、享保13年(1728年)に記された戒名が残っています。享保年間といえば、徳川吉宗公による「享保の改革」が行われていた、江戸時代中期です。

実は、それ以前の記録は、寺の火災によって消失してしまいました。
普通に考えれば、それ以前から長い間、私たちの先祖はこの愛知県美浜町の地を離れることなく、綿々と土を耕し続けてきました。 

米・野菜から「養鶏」への大転換

アイナン産業のルーツは、美浜の豊かな土壌を活かした米や野菜の栽培にあります。地域の人々の胃袋を支える伝統的な農家として、長らくこの地に根を張ってきました。

大きな転換期が訪れたのは、今から70年前(1960年頃)のことです。私の祖父が、それまでの耕種農業から「養鶏」という新しい領域への挑戦を決めました。当時、養鶏は近代的な食文化を支える新しい産業として注目され始めていました。 現在のアイナン産業の形があるのは、当時の祖父による「革新的な決断」があったからです

歴史のバトンを、次の100年へ

そして2026年。私たちは再び大規模火災という困難に直面しました。 過去帳に残る火災の記憶と、今回の被災。私たちはその度に、ただ「元に戻す」のではなく、時代に合わせた「進化」を遂げることで歴史を繋いできました。

  • 江戸〜昭和: 米・野菜で地域を支える(自給・地域貢献)

  • 昭和〜令和: 養鶏を開始し、「海老もっこり」ブランドを確立(専門化・ブランド化)

  • 令和〜次世代: AIと福祉を融合させ、「コロンブスのたまご」を実装(DX・社会課題解決)

250年前の先祖が享保の時代に抱いていた「食を支える」という志は、形を変え、最新のAI技術を乗せて、今も私たちの胸に脈々と流れています

有限会社アイナン産業
齋藤大士

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