子どもたちに「何もしなくてもいい場所」を。佐世保の居場所かのん[奏音]を続けたい

佐世保市中心部で、子どもや学生が無料で利用できる場所「かのん[奏音]」を運営しています。本を読んでも、勉強しても、ピアノを弾いても、何もしなくてもいい場所です。運営を続けるため、100万円の支援を募ります。支援によって運営資金を確保できれば、売却を予定していたグランドピアノも残せる可能性があります。

現在の支援総額

102,000円

10%

目標金額は1,000,000円

支援者数

9人

募集終了まで残り

18日

子どもたちに「何もしなくてもいい場所」を。佐世保の居場所かのん[奏音]を続けたい

現在の支援総額

102,000円

10%達成

あと 18日

目標金額1,000,000円

支援者数9人

佐世保市中心部で、子どもや学生が無料で利用できる場所「かのん[奏音]」を運営しています。本を読んでも、勉強しても、ピアノを弾いても、何もしなくてもいい場所です。運営を続けるため、100万円の支援を募ります。支援によって運営資金を確保できれば、売却を予定していたグランドピアノも残せる可能性があります。

かのん[奏音]を作るとき、私が作りたかったのは、「余白」です。

ずいぶん前に、こんなことを書いたことがあります。

人が成長していくために必要なのは、「安全な場」「必要なケア」「人との関わり」だけではない。枝や茎を伸ばし、葉を茂らせるための「スペース」も必要なのではないか。

植物を育てるとき、いくら水や肥料を与えても、伸びていくための空間がなければ、自由に枝を広げることはできません。

人も、少し似ているのではないかと思います。

何かを教えられる時間。誰かに支えてもらう時間。人と関わる時間。それらは大切です。

でも、それとは別に、何をするかを決められていない時間や場所も必要なのではないか。

そのことは、かのん[奏音]のウェブサイトにも書きました。

かのん[奏音]では、本を読んでもいい。勉強してもいい。ピアノを弾いてもいい。誰かと話してもいい。

そして、何もしなくてもいい。

何かを身につけるための場所でもなく、何かの成果を出すための場所でもない。

「余白」であり続けること。

それは、かのん[奏音]が存在する意味のひとつなのだと思います。


けれど、クラウドファンディングを始めてから、少し難しさも感じています。

「余白を残したいので、支援してください」

そう言っても、なかなか伝わりにくい。

何が起こる場所なのか。

何の役に立つのか。

支援すると、何が生まれるのか。

そう尋ねられたとき、

「何もしなくてもいい場所です」

と答えるだけでは、支援をお願いするには弱いのかもしれません。

そんなことを考えていると、学生ボランティアの一人が、

「かのん[奏音]は自由帳みたいなもの」

と表現してくれました。


なるほど、と思いました。

自由帳には、何を書いてもいい。

絵を描いてもいい。文字を書いてもいい。落書きをしてもいい。

何も書かないページがあってもいい。

最初から、「ここにはこれを書きなさい」と決められてはいません。

かのん[奏音]も、そういう場所です。

何もしなくてもいい。

でも、何かやってみたくなったときには、それを始めてもいい。

今回の学生たちのコンサートも、そうでした。大人が用意した活動ではありませんでした。

何かを目的につくった場所ではないのに、そこから何かが生まれた。

そう考えると、わくわくしてきます。

この自由帳には、これから何が描かれるのだろう。

もちろん、何も描かれないページがあってもいい。

でも、場所が残っていれば、いつか誰かが何かを描き始めるかもしれない。

かのん[奏音]を残したい理由は、そこにもあるのだと思います。

余白を残すこと。

自由帳を、白いページのまま置いておくこと。

その先に何が生まれるのかは、わかりません。

わからないからこそ、この場所をもう少し残してみたいと思っています。

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