子どもたちに「何もしなくてもいい場所」を。佐世保の居場所かのん[奏音]を続けたい

佐世保市中心部で、子どもや学生が無料で利用できる場所「かのん[奏音]」を運営しています。本を読んでも、勉強しても、ピアノを弾いても、何もしなくてもいい場所です。運営を続けるため、100万円の支援を募ります。支援によって運営資金を確保できれば、売却を予定していたグランドピアノも残せる可能性があります。

現在の支援総額

175,000円

17%

目標金額は1,000,000円

支援者数

18人

24時間以内に3人からの支援がありました

募集終了まで残り

9日

子どもたちに「何もしなくてもいい場所」を。佐世保の居場所かのん[奏音]を続けたい

現在の支援総額

175,000円

17%達成

あと 9日

目標金額1,000,000円

支援者数18人

佐世保市中心部で、子どもや学生が無料で利用できる場所「かのん[奏音]」を運営しています。本を読んでも、勉強しても、ピアノを弾いても、何もしなくてもいい場所です。運営を続けるため、100万円の支援を募ります。支援によって運営資金を確保できれば、売却を予定していたグランドピアノも残せる可能性があります。

先日、学生ボランティアが、かのん[奏音]での活動を紹介するウェブサイトをつくりました。今回も、私が依頼したわけではありません。学生たちが、自分たちの活動を伝えるために、自分たちでつくったサイトです。サイトには、こんな言葉があります。「奏音は、私たちにとってなくてはならない『自由帳』です。」そして、「この場所には足りないところがたくさんあって、完璧ではありません。でも、だからこそ、できることがたくさんあります。」と続きます。以前、学生ボランティアから「かのんは自由帳みたいなもの」と言われたとき、とてもいい表現だと思いました。自由帳には、何を書いてもいい。何も書かないページがあってもいい。でも、何かを書きたくなったときには、自分で描き始めることができます。今回のサイトを見ていると、それが少しずつ現実になっているように思います。学生ボランティアの活動は、開所の手伝いから始まりました。その後、学生自身によるInstagramが始まり、学生主催のイベントが開かれ、9月にはグランドピアノの「ありがとうコンサート」も開催されました。サイトでは、その歩みが学生自身の視点で紹介されています。そして今、さらに新しい活動が始まっています。佐世保市の「Tsunagas補助金」を活用し、高校生12名で、地域活性化につながるイベントを一から企画するプロジェクトです。課題を見つけるところから始め、学校や学年を越えた学生同士の交流や、学生と大人がつながる企画を考えています。現在は、2027年3月の「KANON SCRAMBLE」や、その後の地域交流カフェなどが構想されています。私は、かのん[奏音]をつくるとき、「余白」のような場所をつくりたいと思っていました。何かを教えるためでもなく、何かをさせるためでもなく、そこにいる人が、自分の時間を過ごせる場所。何もしなくてもいい。でも、何かやってみたいと思ったときには、やってみてもいい。学生たちの活動を見ていると、何もしなくてもいい場所から、何かが始まることがある。そのことを、あらためて感じます。今回のウェブサイトも、その一つです。しかも興味深いのは、学生たちが、自分たちの活動への金銭的な支援を求めるのではなく、「金銭的なご支援は、プロジェクトではなく奏音宛に」と明記してくれていることです。自分たちが活動する「場所」そのものを残すことの大切さを、考えてくれているのだと思います。私が「かのん[奏音]とはこういう場所です」と説明するだけでは、伝わらないことがあります。実際にそこで過ごし、活動している学生たちが、どんな場所だと感じているのか。そして、その場所で何を始めようとしているのか。ぜひ、学生たちがつくったサイトをご覧ください。学生ボランティアが作った「かのん[奏音]学生プロジェクト」サイトクラウドファンディングも、残りわずかになりました。この場所を残すということは、今ある活動を守ることだけではなく、これから誰かが何かを始められる「白いページ」を残すことでもある。最近、そんなふうに思っています。学生たちがこれから、この自由帳に何を描いていくのか。私自身も、少し楽しみにしています。そして、そのためにも、かのん[奏音]という場所をこれからも残していきたいと思っています。


支援者の方からメッセージをいただきました。許可をいただきましたので、その全文を掲載いたします。SNSを通じて奏音の活動を知りました。 最初に心を動かされたのは、行政や公的機関が運営しているのではなく、個人の思いから実際に場所をつくり、長く続けていることです。 若者の居場所が必要だと思う人は多いと思います。 ただ、実際に場所を借り、運営し、学生を無料で受け入れ続けることは簡単ではありません。 それを言葉だけでなく、実際に形にして続けていることに感銘を受けました。 その後、学生ボランティアの皆さんが、自分たちで地域の課題を考え、企画し、動こうとしている姿を見るようになりました。 そこで、単に「場所を残したい」という気持ちから、ここから始まる若者の挑戦を支援したいという気持ちに変わっていきました。 今回のピアノコンサートも、学生たち自身が動いたからこそ生まれたものだと思います。 そうした経験が次の挑戦につながり、その姿を見た後輩や中学生が、 「自分たちにもできることがある」 と思ってくれたら、それ自体が大きな価値になると思っています。 また、奏音を単に「無料で使える場所」として受け止めてほしくはありません。 無料で使えるのは、見えないところで家賃や光熱費、運営費を負担し、支えている人がいるからです。 支援されるだけで終わるのではなく、その支えを受けて、自分たちも考え、発信し、挑戦し、いつか次の誰かを支える側になっていく。 そんな循環が生まれる場所になってほしいと思っています。 私たち大人にできることは、種を蒔き、必要なときに水や肥料を与えること。でも、実際に根を張り、枝を伸ばし、花を咲かせていくのは学生たち自身です。 場所を残すためだけに支援しているのではなく、ここから始まる若者の挑戦を支援したい。 そして、その挑戦が次の若者へつながっていくことを願っています。                藤(佐世保市)



余白と自由帳
2026/10/09 09:53

かのん[奏音]を作るとき、私が作りたかったのは、「余白」です。ずいぶん前に、こんなことを書いたことがあります。人が成長していくために必要なのは、「安全な場」「必要なケア」「人との関わり」だけではない。枝や茎を伸ばし、葉を茂らせるための「スペース」も必要なのではないか。植物を育てるとき、いくら水や肥料を与えても、伸びていくための空間がなければ、自由に枝を広げることはできません。人も、少し似ているのではないかと思います。何かを教えられる時間。誰かに支えてもらう時間。人と関わる時間。それらは大切です。でも、それとは別に、何をするかを決められていない時間や場所も必要なのではないか。そのことは、かのん[奏音]のウェブサイトにも書きました。かのん[奏音]では、本を読んでもいい。勉強してもいい。ピアノを弾いてもいい。誰かと話してもいい。そして、何もしなくてもいい。何かを身につけるための場所でもなく、何かの成果を出すための場所でもない。「余白」であり続けること。それは、かのん[奏音]が存在する意味のひとつなのだと思います。けれど、クラウドファンディングを始めてから、少し難しさも感じています。「余白を残したいので、支援してください」そう言っても、なかなか伝わりにくい。何が起こる場所なのか。何の役に立つのか。支援すると、何が生まれるのか。そう尋ねられたとき、「何もしなくてもいい場所です」と答えるだけでは、支援をお願いするには弱いのかもしれません。そんなことを考えていると、学生ボランティアの一人が、「かのん[奏音]は自由帳みたいなもの」と表現してくれました。なるほど、と思いました。自由帳には、何を書いてもいい。絵を描いてもいい。文字を書いてもいい。落書きをしてもいい。何も書かないページがあってもいい。最初から、「ここにはこれを書きなさい」と決められてはいません。かのん[奏音]も、そういう場所です。何もしなくてもいい。でも、何かやってみたくなったときには、それを始めてもいい。今回の学生たちのコンサートも、そうでした。大人が用意した活動ではありませんでした。何かを目的につくった場所ではないのに、そこから何かが生まれた。そう考えると、わくわくしてきます。この自由帳には、これから何が描かれるのだろう。もちろん、何も描かれないページがあってもいい。でも、場所が残っていれば、いつか誰かが何かを描き始めるかもしれない。かのん[奏音]を残したい理由は、そこにもあるのだと思います。余白を残すこと。自由帳を、白いページのまま置いておくこと。その先に何が生まれるのかは、わかりません。わからないからこそ、この場所をもう少し残してみたいと思っています。



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