
クラウドファンディングも今日を含めて残り9日となりました。
今回は、私たちが「しまくとぅば塾 ちむぐくる」のような活動を「今」行うことが必要だと考えている理由をお伝えしたいと思います。
時間は、思うほど残されていない
私たちはこの活動を「いつか」ではなく、「今」やらなければならないと考えています。
その理由はとても単純で、時間が残されていないからです。
現在、しまくとぅばを日常的に話すことができる方の多くは、高齢の世代に集中しています。そして、その方々が年齢を重ねるにつれて、言葉を自然に受け継ぐ機会は急速に減っていきます。
言葉というものは、教科書の中に保存されるだけでは生き続けません。
家庭の中で 、地域の中で 、人と人との関係の中で使われてはじめて、次の世代へと受け継がれていくものです。
もしこの数年の間に、「使う場」や「学ぶ場」を守ること、増やすことができなければ、しまくとぅばは「知識として残る言葉」にはなっても、「生活の中で使える言葉」としては残らない可能性があります。
仕方のないことかもしれないけれど
「日本語(標準語)が中心の世の中では沖縄語を使う機会が少ないのだから、消えていくのは仕方のないことだ」という声もよく聞きます。
その側面は否定できません。すでに沖縄県内でもしまくとぅばを使ってコミュニケーションを取る機会はほとんどないと言ってよく、そして日常的なコミュニケーションをとる機会は今後ますます減っていくのも事実でしょう。
もちろん、仮に日常から消えたとしても、伝統芸能・文化の中で生き続けるというのもその通りだとは思います。それでも、伝統芸能の中でのみ残るものとしてではなく、「使える言語」として残すことには大きな意義があるとも考えています。失われてしまった後で嘆く前に、できることはあるはずです。
私たちは、「一つの言語の消滅」という、沖縄で起きつつある流れを食い止めることができる最後の局面に立っているのかもしれない、そんな思いがあります。
少し大げさに聞こえるかもしれませんが、これは決して誇張ではありません。言語の継承というのは、数十年という長い時間の中で進んでいくものですが、失われるときは、驚くほど短い時間で失われてしまうと言います。そして一度途絶えてしまった言葉は、元の姿のまま取り戻すことはできません。
この数年が、言葉を「未来へ渡せるかどうか」を分ける時間だと感じています。だからこそ、私たちは「今」、この活動を続けていきたいと考えています。
もう少し落ち着いたら、余裕ができたら、誰かがやってくれるなら――そうしている間にも、言葉を伝えることのできる方々や、言葉を受け継ぐ機会は確実に少なくなっていきます。
この活動は、過去を懐かしむためのものではありません。未来に向けて、言葉を「使える形」で残していくための挑戦です。そしてその挑戦は、数年後ではなく、今、始めなければならないものです。
未来を、しまくとぅばで。
私たちは、沖縄語という一つの言語を「守る」だけではなく、日常の中へひらいていくことを目指しています。そのために、沖縄語に触れる人を増やし、使う場を増やしていきたい。その一歩一歩の積み重ねが、この言葉の未来を支えていくと信じています。
そして、できるだけ早い段階で、こうした輪を他の言語にも広げていけるようになっていきたい。私たちは、そう考えています。
この取り組みに少しでも意味を感じていただけたなら、この活動を共に支える一員として、力を貸していただけたら幸いです。
まずはクラウドファンディングの残り期間、引き続きよろしくお願いいたします!



