体が動かない。
声も出ない。
それでも、人は夢を持つことができるのでしょうか。
ご支援を検討いただいている皆さまへ
本プロジェクトは、システムの都合上ファーストゴールを「50万円」に設定していますが、映画制作および上映会にかかる実際の総費用は約600万円です。
50万円はスタートラインに過ぎません。皆さまのご支援の積み重ねが、この映画を完成させ、世界へ届ける直接の力になります。
はじめまして。
一般社団法人 真践組 代表理事の清水ヨシカです。
僕はこれまで、起業家や士業、コンサルタント、個人事業主の方々に向けて、「人生を前に進める力」を育てるサポートをしてきました。

運営している起業家塾、そして卒業生コミュニティ「真践組ZONE」では、「人間の成長は感謝と挑戦によって起こる」という信念のもと、日々の習慣を通じて、人間的成功と社会的成功の両方を実現する仲間たちと歩んでいます。
僕たちは毎日「アーケイドサイクル(RCAID)」という習慣を実践し、感謝を振り返り、行動を見つめ、未来を描く。
その積み重ねが人生を変えていくと信じているからです。

そんな環境の中で、僕は数えきれないほどの「挑戦」を見てきました。
夢に向かって一歩踏み出す人。
自分の限界を超えていく人。
人生を大きく変えていく人。
どの挑戦も尊く、確かに人の可能性を感じさせるものでした。
それでもなお、今回出会ったその挑戦は、
これまでのどの光景とも重ならない、圧倒的な存在感を放っていました。
それが、ALSと共に生きる一人の男性、合田朝輝さんです。
ALS(筋萎縮性側索硬化症)は、脳からの指令を筋肉に伝える神経が失われ、全身の筋力が徐々に奪われていく原因不明の難病です。
やがて手足は動かなくなり、声を出すこともできなくなり、呼吸すら自力では難しくなっていきます。
それでも意識だけは、はっきりと残り続ける。
動けない体の中で、すべてを感じ続ける。
それが、この病です。
合田さんは、まさにその状態で僕たちのコミュニティに参加してくれました。
ベッドの上から一歩も動けない彼が、それでも「挑戦の場」に身を置いたのです。

そしてある日、彼は視線入力という手段で、ゆっくりと、しかし確かにこう伝えてきました。
「映画を、撮りたい」
その言葉が生まれるまでに、どれだけの時間と想いが込められていたのか。
想像した瞬間、僕は言葉を失いました。
体が動かない。
声も出ない。
それでもなお「挑戦する」と決めた人間が、目の前にいる。
その事実に、僕は心を撃ち抜かれました。
これは誰かの夢物語ではありません。
今、この瞬間に始まっている現実です。
そして僕は決めました。この挑戦を、必ずカタチにすると。

今回のプロジェクトは、映画『カメラの外に何がある?』を制作し、2026年12月22日、リッツカールトン大阪という舞台で世界初上映を実現するための挑戦です。
しかしこれは、単に映画を完成させるプロジェクトではありません。
動かない体でも、声を失っても、人は夢を叶えることができる。
その「証明」をこの世界に残すプロジェクトです。
そしてこの物語は、合田監督一人のものでは終わりません。
あなたが関わった瞬間、この挑戦は「僕たちの物語」になります。
どうか、この奇跡のはじまりを、一緒に見届けてください。
もし、あなたが「美しい景色」を撮るためにカメラを向けたとき、本当に大切なものは、そのフレームの中に収まっているのでしょうか。
物語の主人公は、香川県で小さな映像制作会社を営む木村慶介(42)。
彼はある日、県から観光PR動画制作という大きな仕事を任されます。
ようやく掴んだ、人生を変えるかもしれないチャンス。
会社の未来を左右する、まさに勝負の一作でした。
しかし、現場に入った木村が直面したのは、理想とは程遠い現実。
政治的な意向、忖度、求められる「見栄え」。
本当に映したかったものは、そこにはありませんでした。

彼が撮りたかったのは、有名な観光地でも、派手な演出でもない。
香川で生きる人たちの、何気ない日常。笑い声。
沈黙。食卓のぬくもり。誰かの帰りを待つ時間。
「人が生きている瞬間こそが、その土地の本当の魅力なんじゃないか」
そんな想いを抱えながら撮影を続ける木村。
しかしある出来事をきっかけに、彼はすべてを見失いかけます。
積み上げてきたもの。
信じてきたもの。そして、映像を作る意味さえも――。
それでも彼は立ち止まりませんでした。
部下の田中智(27)、そして高校生の娘・杏奈(18)と共に、常識では考えられない決断をします。
「本当に伝えたいものは何なのか」
カメラを向ける先を変えた時、見えてくる景色がある。
この作品は、父と娘の関係、支え合う家族の姿、仲間との信頼、そして創作に人生を懸ける人間の執念を描きながら、観る人の心に静かに問いかけます。
「あなたにとって、本当に大切なものは何ですか?」

この作品は、父と娘の関係、支え合う家族の姿、仲間との信頼、そして創作にかける執念を描きながら、観る人の心に静かに問いかけます。
「あなたにとって、本当に大切なものは何ですか?」と。
そしてこの映画には、もう一つの物語があります。
それは、この作品を生み出そうとしている監督・合田朝輝その人の存在です。
ALSという難病により体は動かず、声も出せない。
それでも彼は、視線だけで脚本を書き、演出を行い、この映画を創ろうとしています。

カメラの中ではなく、カメラの外側にこそ本当の価値がある。
そのテーマを、誰よりも体現しているのが合田監督自身です。
作品の中の物語と、作品の外で起きている現実。
その二つが重なったとき、この映画はただの作品ではなく、
観る人の人生に触れる体験へと変わります。
『カメラの外に何がある?』は、目に見えるものだけではなく、
その外側にある「大切なもの」に気づかせてくれる、笑いと涙、そして生きる意味を問いかける物語です。
想像してみてください。
動くことのできない監督が、レッドカーペットの先にいる。
一歩も歩けないその人が、確かにその場所に存在している
会場の照明がゆっくりと落ち、静寂の中、スクリーンに光が灯る。
そこに映し出されるのは、一人の人間が時間をかけ、想いを削りながら紡いできた物語です。
体を動かすこともできず、声を出すこともできない。
それでもなお、「伝えたい」という衝動だけで生み出された作品です。
そしてエンドロール。
音のない空間に、静かに浮かび上がる名前。
「Director 合田朝輝」

その文字には、ただの肩書き以上の意味があります。
動けない体で何度も立ち止まりながら、それでも前に進もうとした時間。
言葉を発することができない中で、それでも伝えることを諦めなかった意志。
一文字、一文字、視線だけで積み上げてきた生きた証そのすべてが、
この一行に込められています。
この物語は、映画の中だけに存在しているものではありません。
むしろ本当に胸を打つのは、その裏側にある見えない時間です。
うまくいかない日もある。思うように進まない瞬間もある。
それでも、やめるという選択をしなかった。
ただそれだけのことが、どれほど尊いことなのか。
合田監督は、その姿で問いかけてきます。
「本当にやりたいことを、やろうとしているか」と。
人はいつの間にか理由を並べて、挑戦しない選択を正当化してしまう。
時間がない、環境が整っていない、自分には無理だと。
けれど、そのすべてを超えてしまうものがある。
それが、「やりたい」という純粋な熱です。

体が動くかどうかではない。
環境が整っているかどうかでもない。
どれだけ強く、その想いを持ち続けられるか。
合田監督は今、その問いに対して言葉ではなく生き方で答え続けています。
この映画は、完成した瞬間だけが価値なのではありません。
そこに至るまでの数えきれない時間、迷い、葛藤し、それでも前を向こうとする姿。
そのすべてが、この作品の一部です。
スクリーンに映らない場所で、確かに積み重ねられてきたもの。
それこそが、この映画の本当の核心なのかもしれません。
そしてその姿は、きっと誰かの心の奥に、小さな変化を生みます。
大きな決意ではなくてもいい。
ほんの少しだけ、前に進もうと思えるきっかけ。
そのきっかけを、この物語は静かに差し出してくるはずです。
これは、一人の監督が映画を作る話ではありません。
一人の人間が、どんな状況にあっても「生きること」と「表現すること」を選び続けた記録です。
その情熱は、きっと観る人の中で静かに燃え続けます。
【支援金の使い道】
皆さまからいただいた支援金は、映画「カメラの外に何がある?」の制作および、12月22日に決定している「リッツカールトン大阪での完成披露上映会」の実現に向け、以下の用途に大切に使わせていただきます。
今回のプロジェクトで設定している目標金額350万円は、リッツカールトン大阪の会場費用等を除く、純粋な「映画制作費の実費」および「クラウドファンディングの手数料」に全額を充てさせていただきます。
映画制作費(目標350万円の内訳)
・撮影機材レンタル(カメラ・照明・音声機材):約40万円
・スタッフ人件費・謝礼:約80万円
・俳優出演料:約50万円
・ロケーション費(撮影許可料・施設使用料):約20万円
・衣装・美術・小道具:約25万円
・編集・音楽制作・MA(ポストプロダクション費用):約40万円
・香川県ロケに伴う移動費・宿泊費:約30万円
・制作実費 小計:285万円
手数料等
・CAMPFIRE手数料(決済手数料含む):約65万円
合計:350万円
※金額はすべて概算であり、撮影規模やキャスティングの最終確定に伴い変動する可能性があります。
※スタッフの多くはボランティアとして参加してくださっています。上記は、それでもなお発生する実費です。
【ストレッチゴール】
この映画は、必ず完成させます。
合田監督の映画「カメラの外に何がある?」は、何があっても完成させます。
キャスト・スタッフは決まり、今夏の撮影に向けて制作は動き出しています。
12月22日、リッツカールトン大阪のスクリーンに、この映画は必ず映し出されます。
しかし、映画は「作ること」だけでは終わりません。
リッツカールトン大阪という最高の舞台で上映し、さらにそこから日本中、世界へ届けるために、私たちは走り続けます。
映画を完成させるための制作費、および上映会を成功させるための費用を含めた総額には、約600万円が必要です。
ファーストゴールの50万円を達成しても、この映画の挑戦はまだ始まったばかりです。
皆さまの支援で、この映画の「届く範囲」が変わります
■ 50万円達成(ファーストゴール)
制作費の一部を確保。制作チームの自己負担を軽減し、作品のクオリティに全力を注げる環境が整います。
■ 100万円達成
撮影・編集の初期実費を支えていただくことで、妥協のない映像づくりのスタートを切ることができます。
■ 200万円達成
制作費の半分以上をカバー。撮影現場および編集体制の基礎を強固なものにします。
■ 350万円達成(制作費の実費カバー)
純粋な映画制作にかかる実費を皆さまの支援でカバーできます。12月22日のリッツカールトン大阪での完成披露上映に向けて、映画本編の完成が確かなものになります。
■ 600万円達成(上映会費用を含む総費用カバー)
映画の制作費に加え、決定しているリッツカールトン大阪での会場費用・運営費用までをカバーできます。自己負担を解消し、ここから先はこの映画をさらに「世界へ届ける」ステージへ。
■ 600万円を超えた先 ――「届ける」挑戦がはじまります
・全国の映画館・ミニシアターでの上映活動
・国内外の映画祭への出品(出品費用・DCP制作・字幕制作)
・メディアへのプロモーション活動
・オンデマンドでの有料配信
・バリアフリー上映(音声ガイド・字幕対応)の実現
合田監督が紡ぐこの作品は、上映会場だけの感動に留めるには、あまりにもったいない力を持っています。
50万円のゴールが見えていても、この映画の挑戦はまだ始まったばかりです。
皆さまの支援は、映画を「作る力」であり、「届ける力」です。
合田監督は今この瞬間も、動かない体で、視線だけでこの映画を紡ぎ続けています。
どうか、この映画を一人でも多くの人に届けるために、力を貸してください。
今回のクラウドファンディングに向けて、合田監督からメッセージをいただきました。
このメッセージも、一文字、一文字、視線認証で書いてくれました。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
私はALSという病気により、体を動かすことも、声を出すこともできません。
なので、「普通の監督っぽいこと」はほとんどできません。
それでも、私は映画を作りたいと思いました。
私一人では、映画を作ることはできません。
この映画は、ひとりの監督が作る作品ではなく、関わってくれる皆さんと一緒に作る作品です。
関わってくださる一人ひとりの力によって、はじめて形になります。

少し変わった現場になるかもしれませんが、その分、きっと面白い体験になると思います。
このプロジェクトは、「できないこと」を「どうすればできるか」に変えていく挑戦です。
一緒に、いい映画を作りましょう。
合田朝輝
【ご案内】あなたに合った方法で、この映画の「当事者」になってください
本プロジェクトでは、リッツカールトン大阪での上映会への参加だけでなく、全国どこからでも、それぞれの形で関わっていただけるリターンを多数ご用意しています。
・純粋に映画制作を応援したい方・少額から関わりたい方
⇒ 1,000円(お礼メール) / 3,000円(お礼動画)
・合田監督の想いやこれまでの作品に触れたい方
⇒ 6,000円(絵本「フィーロくんのいと」+合田監督お礼動画)
・スクリーンには映らない「映画の舞台裏」を見守りたい方
⇒ 5,000円(メイキング動画視聴権) / 20,000円(撮影見学参加権)
・映画の歴史にあなたのお名前を残したい方
⇒ 10,000円(完成作のエンドロールにお名前掲載)
・12月22日、リッツカールトン大阪で奇跡の瞬間に立ち会いたい方
⇒ 30,000円〜(完成披露上映会参加権)
【お礼の動画メッセージ】

この挑戦に心を寄せてくださったあなたへ。
本リターンでは、代表理事・清水ヨシカより、感謝の気持ちを込めた特別な動画メッセージをお届けいたします。
文章だけでは伝えきれない想いを、言葉と表情でお伝えします。
このプロジェクトは、一人ひとりの応援によって前に進んでいます。
あなたのご支援が、この物語を確かに動かす力になります。
上乗せでのご支援も、心よりお待ちしております。
【リッツカールトン上映会参加権】

奇跡が現実になる、その瞬間をその場で。
本リターンでは、2026年12月22日15:00〜に開催される完成披露上映会へご参加いただけます。
会場は、リッツカールトン大阪。特別な空間で、映画の初上映という、かけがえのない瞬間を体験していただきます。
さらに今回は、完成作品をただ上映するだけではありません。
映画制作の裏側や、作品が形になるまでの制作プロセスも共有する「0号試写会」として開催いたします。
どのように想いが映像になっていったのか。どんな葛藤や挑戦を乗り越えて、この作品が生まれたのか。
スクリーンの“外側”にある物語まで感じていただける、特別な時間です。
スクリーンに映し出される物語。
そして、その場に流れる空気、感情、拍手。
この瞬間は、映像では決して味わえません。
その場にいた人だけが感じられる感動があります。
また当日は、この挑戦を応援してきた仲間たちが全国から集まります。「応援してきてよかった」と語り合い、ここからさらに新しい挑戦や応援の輪を広げていく。そんな熱気に包まれる一日になるはずです。
あなた自身の目で、この奇跡の誕生を見届けてください。
【企業スポンサー〈ブロンズ〉】

この挑戦に、企業として名を刻む。
本リターンでは、映画『香川はカメラの外にある』のエンドロールに、御社名を掲載させていただきます。
スクリーンに映し出されるその名前は、単なる広告ではなく、この物語を共に創り上げた証として、多くの人の記憶に残ります。
さらに、完成披露上映会へ2名様をご招待。
リッツカールトン大阪という特別な空間で、この奇跡の瞬間をリアルに体感していただけます。
本プロジェクトは、挑戦する人の姿を社会に届ける取り組みです。
その想いに共感し、共に未来を創るパートナーとしてご参加いただける企業様をお待ちしております。
上記以外にもリターンをたくさん用意しております。
ぜひリターン一覧をご覧ください。
2026年6月 クラウドファンディング開始
2026年8月末 クラウドファンディング終了
2026年9月 リターン実施開始
2026年12月22日 リッツカールトン大阪にて映画上映会実施
彼は、動けません。
自分の足で立つことも、手を伸ばすことも、声にして想いを伝えることもできません。
それでも彼は、誰よりも強く前に進んでいる人間です。
多くの人が「できない理由」を並べて立ち止まる中で、
彼はただ一つ、「やりたい」という想いを手放さなかった。
どれだけ時間がかかってもいい。
どれだけ遠回りになってもいい。
それでもやると決め、その選択を今この瞬間も積み重ね続けています。

この挑戦は、特別な人間だからできるものではありません。
ただ、覚悟を持った一人の人間が、現実に向き合い続けている。その積み重ねです。
しかし同時に、この挑戦は一人では成し遂げられません。
どれだけ強い想いがあっても、その先には必ず誰かの力が必要になる。
だからこそ、この物語は彼一人のものでは終わりません。
ここまで読んでくださったあなたに、この想いは確かに届いているはずです。もし心が少しでも動いたのなら、それは偶然ではありません。この挑戦に、あなたが必要だからです。
2026年12月22日。
リッツカールトン大阪で行われる上映会。
そこに集まるのは、「この挑戦を応援してきた仲間たち」です。
スクリーンに映し出される物語を見つめながら、同じ想いで支え続けてきた人たちが、一つの空間に集まる。
「あの時、応援してよかった。」
「ここから、もっと大きな挑戦を生み出していこう。」
そんな熱気と感動が交わる、特別な一日になると思っています。
この上映会は、ゴールではありません。
ここから新しい挑戦が生まれ、応援の輪が広がり、また誰かの背中を押していく。その「はじまりの場所」です。
スクリーンに流れるエンドロール。
静寂の中で刻まれていく名前。
それは「この奇跡を共に起こした証」です。
誰かの挑戦を遠くから見守るのか。
それとも、その物語の中に立つのか。
選ぶのは、あなたです。

ほんの小さな一歩でいい。
その一歩は、誰かの人生を動かし、未来を変える力になります。
合田監督の挑戦はすでに始まっています。
そして今、その物語の続きを書く番が回ってきています。
どうか、この奇跡の当事者になってください。
あなたのその一歩が、この映画を完成させ、
そして誰かの「生きる理由」になるかもしれません。

この物語を終わらせるのではなく、完成させるのは、あなたです。
どうか、共にこの一歩を踏み出してください。
この挑戦に、あなたの力を貸してください。
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③自己紹介(絵本と気管切開術)
2026/07/10 19:00監督の合田朝輝です。仕事をし始めてしばらくした頃、友人からひとつの提案がありました。「講演で話している内容を、子どもたちにも伝わる形に、絵本にしてみないか」正直、最初は現実味がありませんでした。ただ、やってみたいという気持ちはありました。私がアイデアを出し、友人が文章を書き、別の友人が絵を描く。そうやって役割を分担しながら、少しずつ形にしていきました。構想から完成まで、およそ2年。時間はかかりましたが、『フィーロくんのいと』という一冊の絵本ができあがりました。完成した時、達成感と充実感がこみ上げるのを感じました。その絵本は、地元の学校に寄贈され、いろいろな場所で読み聞かせをしてもらえるようになりました。私が会ったこともない人たちが、この絵本を手に取り、読んでくれている。私が死んでも残るものが作れた。心残りが一つ減った感覚。いつ死んでもいい。そういう風に思うようになりました。かと言って死にたいわけではないんです。ALSという病気と付き合っていく中で、私はいつ死んでもおかしくない。これからどのタイミングで死ぬことになっても、それが私の寿命で運命。そう思うようになったんです。諦めているわけじゃないんです。めちゃくちゃ死にたくないんです。ALSを何が何でも治す。それが私の夢です。そこに向かってできることは続けています。同時に、いつ死んでも仕方ない。そんな不思議な感覚で、今も生きてます。絵本が完成する少し前から、体の状態が段々落ちていくのを感じていました。できていた動作が、ひとつずつ難しくなる。できなくなったことを確認して、受け入れていく日々。それまで続けていた仕事や活動も、徐々に維持することが難しくなっていきました。そんな2024年の12月に、私は呼吸が止まり、救急搬送されました。その日は朝から体調が悪く。食事もほとんど取れず、「休めば治るだろう」と軽く考えていました。しかし、夜になっても回復せず、少しずつ息が苦しくなり。ヘルパーさんに不調を訴えたところで、私の意識は途切れました。目を覚ました時、そこは病院でした。この時期の記憶は、あまりはっきりしていません。正直に言えば、あまり思い出したくない時間です。医師から「気管切開」という選択肢を提示されました。「あなたも周りも楽になる」から早くした方が良いと。すぐには決断できませんでした。もう少し粘りたい。手術をすれば、生活の質が下がる。そう思っていました。当時はまだ、リハビリでHALを使ってなんとか歩くことができていました。完全に動けないわけではない。ギリギリではあるけれど、「まだできていること」が残っている状態でした。食事やリハビリ、日々の生活に気を配りながら、なんとか現状を維持していた時期です。だからこそ、気管切開をすることで、そのバランスが一気に崩れてしまうのではないか、という不安がありました。できるだけ先延ばしにしたい。もう少し、この状態でいたい。気管切開をすれば、全て壊れて失ってしまう。そう考えていました。しかし、結果として、気管切開を選びました。選んだ、というよりは、それしか選択肢が用意されてなかった、という方が正確だと思います。手術自体は特別なものではありません。医療的には一般的な処置であり、看護師として働いていた頃には、何度も見てきたものでした。手術室に運ばれて、麻酔をして、目が覚めたら終わってる。しかし、患者としてそれを受けることは、まったく別の体験でした。術後の生活は、想像していたものとは大きく違っていました。只々、地獄。痛み、違和感、咳、吸引、呼吸苦。どれも今までの日常には無かったものです。 その変化に、適応できない状態が続きました。気管切開をしてからの一年間は、全く余裕がありませんでした。新しい体の状態に慣れること。生活の流れを作り直すこと。それだけで精一杯でした。日常のすべてが、別のルールで動き始めます。呼吸器の管理、体位の調整、周囲のサポート。生活そのものを、一から組み直していく必要がありました。ベッドから起き上がれない日も増え、同時に、身の機能がどんどん落ちていくのをはっきりと感じていました。これまで必死に守ってきたものが、少しずつ、確実に崩れていく。現実は、あまりにも無慈悲でした。「楽になる」という医師の言葉の意味を、何度も考えました。間違っているわけではないと思います。呼吸は安定しますし、命のリスクは確実に下がる。ただ、それは医療的な意味での「楽」であって、少なくとも自分にとっては、生活の実感とは一致しませんでした。むしろ、負担が増えたと感じることの方が多かった。それでも、時間は進んでいきます。環境は変えられない以上、自分が合わせていくしかない。毎日、試行錯誤を繰り返しました。どうすれば楽になるのか。どうすれば負担が減るのか。どうすれば生活が回るのか。試して、失敗して、また試して。それを繰り返していきました。結果として、「楽になる」ことはありませんでした。慣れただけです。痛みを。苦しみを。耐えながら生活することに。完全に無くなったわけではありませんが、いつ、どのタイミングで「それ」が来るのか、ある程度予測できるようにはなりました。それだけでも、感じる負担は変わります。今は、少しだけ余裕が戻ってきました。これが、現在に至るまでの経緯です。自己紹介としては、少し長くなりました。ただ、どれだけ言葉を並べても、今の自分の状態はうまく伝えられない気がしています。それでも、私のことが、誰かにほんのちょっとでも届けば良いと思って、出来る限り言葉にして、残しておきます。改めて。合田朝輝といいます。ALSという状態の中で、映画を作ろうとしています。もしよければ、この先の過程も、引き続き見てもらえたら嬉しいです。 もっと見る
【祝・ファーストゴール50万円達成!】そして、映画完成に向けた「本当の挑戦」が始まります。
2026/07/09 21:00皆さま、本当に、本当にありがとうございます!目標としていたファーストゴールの「50万円」を100%達成することができました!ベッドの上から視線入力だけで映画作りに挑む合田監督の姿、そしてこの奇跡をカタチにしようとする僕たちの想いに、これほど早く、多くの方々が共感してくださったこと、メンバー一同、胸が熱くなる思いでいっぱいです。まずは、このスタートラインに立たせてくださった支援者の皆さまに、心から深く御礼申し上げます。■ 映画完成、そして世界へ届けるための「現実」と「本当の挑戦」今回のプロジェクトを立ち上げるにあたり、僕たちは「まずは支援の輪を広げること」を最優先にし、ファーストゴールを「50万円」に設定しました。しかし、ここから皆さまに僕たちの「誠実な現実」をお伝えしなければなりません。香川県でのロケ、俳優陣の出演料、機材レンタル、そしてプロの手による編集や音楽制作――。 ボランティアスタッフの多大なる協力を得たとしても、映画『カメラの外に何がある?』を妥協のないクオリティで完成させるための制作実費だけで、実際には【350万円】が必要です。さらに、リッツカールトン大阪という最高の舞台での上映会費用や、この映画を全国のミニシアター、ひいては世界の映画祭へ届けていくための宣伝・配給費用を含めると、総額で【600万円】という資金が必要になります。50万円は、この果てしない挑戦の「スタートライン」に過ぎません。■ 12月22日、リッツカールトン大阪での上映会は「開催確定」ですここで支援を検討されている皆さま、特にスポンサー枠での応援を考えてくださっている皆さまに、大切な約束をお伝えいたします。12月22日(火)のリッツカールトン大阪での完成披露上映会は、すでに会場の契約を終え、上映に向けてプロジェクトは後戻りのできない「確定した挑戦」として動き出しています。万が一、目標金額に届かなかったとしても、上映会を中止することは絶対にありません。僕はそれだけの覚悟と責任を持って、この映画を完成させ、皆さまへリターン(上映会ご招待やエンドロール掲載など)をお届けすることをお約束します。だからこそ、映画制作費や上映費用のすべてをカバーし、このプロジェクトを成功させるためには、皆さま一人ひとりの応援の力がどうしても必要です。■ ネクストゴールの設定:まずは「100万円」の山を、一緒に超えてください!本日より、本当のゴールである「映画本編の完成(350万円)」、そして「上映会と世界へ届ける挑戦(600万円)」に向けて、ネクストゴールをスタートします。まず、僕たちが全員で力を合わせて目指す「次のステップ」は【100万円】です。この100万円を達成することで、今夏のロケや編集の初期実費をしっかりと支え、妥協のない作品づくりの力強い一歩を踏み出すことができます。動かない体で、それでも視線だけで一文字一文字想いを紡ぎ続ける合田監督の情熱を映像に宿すために。 そして、12月22日にリッツカールトン大阪のスクリーンに、奇跡の映画を必ず映し出すために。どうか、この物語の「当事者」として、引き続き僕たちの背中を押していただけないでしょうか。 ご友人やSNSでのシェアなど、皆さまの「一歩」を、再び僕たちに貸してください。ここからが、本当の挑戦の始まりです。 一緒に、まだ見ぬ美しい景色をカメラの外側に創りに行きましょう!プロデューサー 清水ヨシカ もっと見る
②自己紹介(ALSと仕事)
2026/07/08 19:00監督の合田朝輝です。あらためて、自己紹介をします。合田 朝輝(ごうだ ともき)といいます。香川県観音寺市に住む37歳です。映画を作っています。——と言えるほどの実績は、まだありません。ただ、少なくとも今は、そこに向かって動いています。そして、その前提として、私にはALSがあります。ここでは、私自身のことと、ALSについて書いていきます。あなたはALSについて、どれくらい知っていますか?名前だけは聞いたことがある、という方も多いかもしれません。ただ、その実態については、あまり知られていないように感じています。ALS(筋萎縮性側索硬化症)運動ニューロンが徐々に機能を失っていく進行性の神経疾患。脳から筋肉へ送られる運動の指令がうまく伝わらなくなり、身体を自分の意思で動かすことが難しくなっていきます。進行に伴い、全身の筋肉を動かせなくなっていき。歩くこと、持つこと、話すこと。当たり前にできていた動作が、一つずつ難しくなっていきます。最終的には、呼吸に関わる筋肉にも影響が及びます。ひとつ、誤解されやすい点があります。ALSは「身体が動かなくなる病気」ですが、意識や思考そのものが失われるわけではありません。頭ははっきりしているのに、身体が動かない。言いたいことはあるのに、声にできない。この“ズレ”が、この病気の特徴でもあります。進行の速度や症状の現れ方には個人差があります。ただ共通しているのは、症状が進行性であり、基本的に元に戻ることはないという点です。現在のところ、根本的に治す治療法は確立されておらず、機能の低下は時間とともに積み重なっていきます。こうして説明すると、どうしても重たい印象になると思います。実際、軽い病気ではありません。ただ、これはあくまで一般的な説明です。“情報としてのALS”です。ここから先は、私個人の話になります。ALSの中で、実際にどう生きているのか、という話です。どんなふうに生活が変わるのか。何を諦めて、何を選んでいるのか。そんな話です。最初に違和感があったのは、些細なことでした。右手の親指に力が入りにくい。うまく動かない。ほんの少しのズレ。最初は疲れだと思いました。腱鞘炎かもしれない、と。でも、その違和感は消えませんでした。むしろ、少しずつ確実に、範囲を広げていきました。病院でいくつかの検査を受けて、そして診断が出ました。ALS。約7年前のことです。言葉だけは、なんとなく知っていました。でも、その意味を自分のこととして理解していたわけではありません。説明を受けながら、どこか他人事のように聞いていたのを覚えています。現実感がありませんでした。時間が経つにつれて、その言葉の意味が、少しずつ現実に変わっていきました。できていたことが、できなくなる。その変化は劇的ではなく、むしろゆっくりで、だからこそ確実でした。ある日突然、すべてができなくなるわけではない。でも、確実に、できることは減っていく。その事実に、少しずつ慣れていくしかありませんでした。最初に諦めたのが何だったのか、正確には覚えていません。ただ、「これはもう無理だな」と思う瞬間が、何度もあったことだけは覚えています。そのたびに、少しずつ生活の形が変わっていきました。できないことが増えていく。絶望だけが増えていく。そして気づけば、今まで普通だった日常は、全て消え去っていました。動かせる場所は、どんどん減っていく。動ける間にできることをしておこうと思いました。美味しいもの食べて、行きたいところに行って。マック食べて。温泉入って。夜更かしして。美味しいお酒飲んで。私にとっての、最後の自由な時間。それは、あっという間に終わりました。動けなくなり、やることがなくなった私は、友人の勧めで仕事を始めます。動けないのに仕事?と疑問に思うかもしれません。しかし、私は「逃げ場所」を求めていました。考えなくていい時間を。体が動けない状態は思ってた以上に暇でした。撮り溜めていた番組。いつか観ようと思っていた映画。全てがあっと言う間に消費されていきます。時間ができると、現実から逃げられなくなります。動かないのに感覚だけが残る手足。痛み、痒み、苦しみ。逃げ出したい。けれど、指一本動かせずに、ただそれを耐える日々。私は必死に逃げ場所を求めます。くだらない動画。頭を使わなくてもいいもの。錆びた十円玉がピカピカになる動画を見ていると、何も考えずに一日を終えられる。そんな日が続きます。ある時、そんな私を見かねて、友人が仕事を勧めてくれました。「君は体は動かないけど、考えることはできる。ならできることはある」丁度その頃はコロナ全盛期。社会が急激にオンラインで動き出し、私にも自宅にいながらできる仕事がありました。僅かに動く腕と、なんとか聞き取れる声で、仕事を始めます。ホームページ制作、補助金申請やクラウドファンディングのサポート、マーケティングのアドバイス。講演会などの話もいただきました。ビジネスコンペで賞をいただいたこともありました。この時は、体が動かなくなっても、ずっと仕事をし続けられる。そう思ってました。少し長くなってしまったので、次回に続きます。次は、私が絵本を作った経緯や、呼吸機能が低下し気管切開をした事。そして、仕事を続けるのができなくなった話をしようと思ってます。 もっと見る












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